本記事は、日系旅行代理店、日本旅行グループ・サンライズ・ツアーズ&トラベル取締役の壁田忠幸さんへのインタビュー記事の中編です。
前編はこちら:旅行業界、コロナ時代の生き残り策(前)

明確な生き残り戦略の不在

——「物販」ではなくマレーシア国内旅行はどうでしょう?マレーシア政府は日本の「Go To」みたいに国内旅行を奨励していますが。

壁田:マレーシア版Go To トラベルと日本のそれとの根本的な違いにつてのコメントは控えさせていただくとして、残念ながら弊社にとってこの施策は必ずしも有効なものになっていません。このセグメントに限って言えば当社の主力事業から外れているのです。それでも無策な物販に走るよりはと言う事で不得意ながらも対策を講じ一定の成果を収める事は出来ました。

——御社にとり国内旅行は今後見通しがたちますか?

壁田:難しいですね。この分野を得意としている旅行会社はそもそも存在しているわけで彼らのノウハウはしっかりしています。このコロナ禍で必要に迫られて対策した付け焼刃的なものではありません。それでもこうした競合先と戦い、勝ち残るために必要なものは何なのか?を考えられたことはコロナ禍中の数少ない幸いと言えるでしょう。

——アウトバウンドもインバウンドもダメ。物品も国内旅行もダメというないない尽くしの中、旅行会社のサバイバル戦略はどのようなものなのでしょうか?

壁田:この期に自信をもって明確な戦略を語れる旅行会社がありますかね(笑)人の暮らしに彩りを加えたり、人生を演出する「旅」を提供するのが我々本来のあるべき姿だと思うのです。そんな理想を未来に繋げるためにもなりふり構わず生きのびなければいけない、個人的にはそう考えています。

——確かに会社がつぶれてしまってはビジョンも何もないですよね。日本の本社の方から具体的なサジェスチョンや指導はあるのですか?

壁田:日本の本社や地域統括会社からは広範囲な情報提供やアドバイスが入ります。ただしそれを鵜呑みにしているだけでは国情が違う現地法人責任者としての存在価値はありませんので現地、現場の実態にあった取捨選択と判断の連続になります。

バーチャルツアーの登場

——そうした中、バーチャルツアーが巷にあふれていますね。先日、某バーチャルツアーに参加したのですが、事前学習という位置づけであり、テレビでいうところの「番組宣伝」という感じがしました。「ポスト・コロナ」に向けてツアーを宣伝するという感じですね。無料だったから文句はないのですが、有料では無理じゃないかと思いました。

壁田:「番組宣伝」だけならバーチャルツアーにせず、ユーチューブ等の録画放映でもいいですよね。そもそも「何もやらないよりいい」とか「会社の宣伝にはなる」、「顧客の引き止めになれば」という軽いノリでやり始めたところが大半だと思いますよ。

——金がとれる商品にするなら、ユーチューバーが行けないような場所とか、余程特殊なツアーでないとだめですね。中には儲けようというのではなく将来に向けて実験的にやっている会社もあるでしょうが、参加者からアンケート貰ってその先のビジネス可能性を考える機会を得るという意味ではいいのではないでしょうか?

壁田:ご利用者側の貴重なご意見として参考にさせて頂きます。一方の旅行会社側では軽いノリで始めたのとは裏腹に相当な労力をかけ商品を作っているという実態があります。そもそもバーチャルなのに何故に労力が掛るのか、です。当たり前ですが、コロナ禍前まではリアルな旅行商品の造成・販売をしていてリアルなツアー運営しかしたことのない旅行会社のスタッフが対応しているからに他なりません。「バーチャル」上だけで完結させるデジタルコンテンツの製造者となり、ツアーという名称ながらリアルな添乗員業務と勝手の違う「オンラインイベントのMC」的役割を担う等、全てが初めての経験です。この状態で世に出した「バーチャルツアー」です。ご参加いただいたお客様の反応も決して甘くありません。

ただし、この状態を嘆いているだけでなく、リアルとバーチャルの2つのツアーの役割の違いを明確にし、旅行業者としてのビジョンを利用者に提示する事ができるなら、それはそれで意味がある事だとも考えるわけです。

——将来的には当然リアルツアーが復活する訳ですものね。

壁田:リアルとバーチャル、それぞれのツアー価値とはそもそも何なのでしょうか? 特に現状のバーチャルツアーは旅行業界として確固たるビジョンやコンセンサスができておらず、たまたまコロナ禍という環境の変化でにわかに登場してきたものです。これを一過性の商品として片付けるのか、旅行業界の新基盤に育てていくのか?そんな議論があって良いのではと思います。

——壁田さん個人はバーチャルツアーについてどうお考えですか?

壁田:個人的にはリアルとバーチャルの融合が望ましいと考えます。ここで視点を少し変えてみたい。皆さんがリアルであれバーチャルであれ、旅行商品を購入する事ができる、すなわち「健康で一定の経済力がある」という前提と錯覚に陥っていないかということです。身体的(年齢や体力、障害の有無)、経済的条件からリアルツアーの参加を見送ってきた人はいなかったのでしょうか?バーチャルツアーはリアルでの参加を難しくしていたこの類のハードルを自然に下げ、そして取り除いていると考えられませんか?誰もが予想できなかったコロナによりバーチャルツアーが市場にあふれている。これを旅行業界が提供する新しい選択肢として考える事が出来たならどうでしょう。このように見えにくいところにも目を配らせる事が出来るのが旅行業界本来の底力です。今はそれどころではないのかも知れませんが・・・。

——リアルツアーに参加できない人を新たな市場と捉えるわけですね

壁田:バーチャルツアーは広義での社会貢献にもなりえます。このようにあらゆる角度から可能性を検討する必要があります。今儲かるのか?コロナ問題が終われば不要なコンテンツなのか?バーチャルツアーをより良いものに継続育成していく必要はないのか?参加者にも積極的な理解を求めていく旅行会社側の姿勢が問われる事にもなります。