第496回 「もしトラ」のマレーシアへの影響は?
最近、「もしトラ」のワードがメディアで報じられることが多くなってきました。「もしトラ」とは、今年11月に行われるアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領が再選されるケースをさしています。
現実味を増す第2次トランプ政権の政策の中でも注目を集めているのは、米国の貿易赤字を減らし雇用を増やすために、中国からのすべての輸入品の60%の関税を課し、さらには他のすべての国からの輸入にも一律10%の関税を課すという関税引き上げ政策です。これは、2018年7月に開始された「米中貿易戦争」で米中が交互に多くの品目について25%の関税を課す事態のエスカレート版と言えます。
マレーシアはベトナムと並んで、米中貿易戦争から「漁夫の利」を得た国と考えられています。これは、主にこれまで中国から米国に輸出されていた製品が、マレーシアやベトナムからの輸出によって代替されるために生じる利益です。実際、マレーシアの輸出は2021年、22年と2年連続で約25%増という大幅な増加を記録しました。
「もしトラ」のマレーシアへのどうなるでしょうか。アジ研ポリシーブリーフNo.189として、筆者のチームが試算した「もしトラ」の各国の影響が公開されています。それによると、全世界に対する関税が引き上げられた場合の影響は、米国のGDPが1.9%減、中国が0.9%減、日本が0.0%、ASEAN10が0.3%増などとなっています。
図は「もしとら」のマレーシアに対する影響を産業別にみたものです。中国に60%の関税が課された場合(青棒)、マレーシアのGDPに対する影響は0.5%増、特に電子・電機産業に1.2%増と大きなプラスの影響が出ています。一方で、マレーシアを含むすべての国に対しても10%の関税が課された場合(赤棒)、GDPに対する影響は0.2%増にまで減少、電子・電機産業への影響は0.1%減とマイナスに転じます。一方、農林水産業・食品加工業・その他製造業ではどちらのケースでもプラスの影響を確保しています。
このように、「もしトラ」が現実になった場合にもマレーシア経済に大きなマイナスの影響はなく、「漁夫の利」が得られるという予測が出ています。ただ、マレーシアへの10%の関税が「漁夫の利」を大きく減らすことからも分かるように、中国への制裁を対岸の火事とみていると、マレーシアを含むASEANが次の標的となる可能性は十分にあり、楽観ばかりはできないということになります。
熊谷 聡(くまがい さとる)
Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。
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