第503回 ゆっくりと高度化するマレーシア経済
マレーシア政府は現在、高所得国入りを目指して新産業マスタープラン2030(NIMP2030)などを定め、産業の高度化を進めています。1971年の新経済政策(NEP)以来、マレーシア政府は雇用創出を重視し労働集約的な産業を好ましい産業として誘致してきました。しかし、1990年代に入って人手不足が深刻化すると、第7次マレーシア計画(1996-2000年)で知識経済・高付加価値産業の移行を打ち出しました。
2000年代には資源ブームもあって産業高度化は停滞しましたが、ここ10年、再び産業の高度化がゆっくりと進みつつあるとの印象を筆者は受けています。8月上旬にはそうした近年のマレーシア経済を象徴するニュースが相次ぎました。
8月8日、独の半導体メーカーであるInfineon社がクダ州クリムの第3工場の開所式を執り行いました。200mm径のSiCウエハーが製造されますが、これは主に電気自動車用のパワー半導体などに用いられます。これは、いわゆる前工程に属するもので、クリム第3工場は同社が2022年2月に発表した20億ユーロ(3200億円)の工場拡張計画に対応するものです。今後、同社はさらに5年間で50億ユーロ(8000億円)を投じて工場を拡張することを発表しています。
同日、米国の新興電池企業Enovix社はペナン州サイエンスパーク内に同社初の蓄電池の量産工場を開設し、今後15年間にわたり、12億米ドル(1700億円)を投じることを発表しました。同社は小型高性能バッテリーの生産技術を持つ企業で、製品はスマートフォンやIoTデバイス向けに用いられることが想定されます。
さらに同日、中国の奇瑞(チェリー)汽車はスランゴール州シャーアラム工場からASEANに向けた自動車の輸出を年末までに開始し、マレーシアをASEANの自動車生産・輸出ハブにすることを発表しました。同社は10億リンギ(320億円)を投じてマレーシアでの生産能力を拡張することを発表しています。また、同社はシャーアラム工場を右ハンドル車のハブとし、R&D機能を持たせることを計画していると伝えられています。
7月31日、世界銀行はスランゴール州の一人当たり所得が14,291米ドルに達し、世銀の高所得国の基準である14,005米ドルを上回ったことを発表しました。これで、州レベルで高所得国入りの基準を超えているのは、KL、ペナン、サラワクに続いて4つ目となりました。
このように、マレーシア経済はゆっくりとではありますが、確実に産業高度化に向けて進みつつあると言えるでしょう。
熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp |