第888回:やりがい搾取(3)内発的動機づけの限界

前回は、忠実な人や寛大な人がやりがい搾取の標的になりやすいというお話でした。

やりがい搾取の理論は、古典的な心理学理論である「内発的動機づけ」の否定的な側面を強調しています。内発的動機づけの理論は、お金などの外発的動機づけだけでは従業員のパフォーマンスを引き出すには不十分であるという前提で、人的資源管理論に取り入れられました。この理論の魅力は、報酬によって提供されるものを超えた努力を引き出すことです。ちなみに、従業員から内発的なモチベーションを引き出す方法の一つに、「変革的リーダーシップ」の理論があり、これは従業員の意識を高め、指示された仕事を超えたパフォーマンスを引き出すことを目的としています。少し大胆に言うと、内発的動機づけや変革的リーダーシップの理論は、経営者の視点に立った肯定的な見方であり、やりがい搾取の理論は、従業員の視点に立った否定的な見方です。どちらも、努力と報酬の差(effort-reward imbalance, ERI)を見ていることに変わりはありません。

しかし、近年では、経営の観点からも、内発的動機づけに対する慎重な見方をする研究が出現しています。その中には、「内発的動機付けの道徳化」についての懸念があります。この議論は、自分の好きなことをするという規範的な圧力が、人々が自分自身や他人にとって満足のいく仕事を追求することを奨励する一方、面白くない仕事を無視することにつながる可能性を主張しています。さらに、「道徳化」の起きた職場では、動機づけられていないように見える人々や、異なるタイプの動機を持つ人々に対する差別的な態度が引き出され、そのことで組織内の全体的な結束に影響が及ぶ可能性があります。この「道徳化」理論と一致して、他の研究者は、仕事への熱意が自信過剰と協力の欠如に簡単に結びつくことを発見しました。

したがって、内発的動機づけは万能薬ではありません。また、上記の議論を考慮すると、内発的な動機を持つ従業員もまた、ERIや情熱搾取の被害者であるケースも少なくないでしょう。内発的なモチベーションが長く続いていると疲れ果て、ある日突然、仕事を辞めたり、心身の不調を訴えたり、チームワークを乱すような行動をとったりと、ネガティブな行動をとることがあるかもしれません。同様に、自分は本質的に動機づけられていると信じていた忠実な従業員は、いつの日かやりがい搾取の標的になっていたことに気がつくかもしれません。だとすると、ERIややりがい搾取と内発的動機づけとの境界は曖昧であり、既存の経営学や心理学が、まだ世の中のビジネスパーソンの期待に応えきれていないことを示しています。

 

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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