第889回:やりがい搾取(4)なぜ努力と報酬の「バランス」が大事なのか?

前回は、努力と報酬の不均衡(effort-reward imbalance, ERI)ややりがい搾取と、内発的動機づけとの境界は曖昧であることを述べました。

従業員の視点から見ると、ERIはネガティブな経済行動や心身の病気と関連しており、また、やりがい搾取は搾取される人の性格と関連しています。同時に、経営者にとっても、内発的動機づけには協調性の低下などのネガティブな側面があります。これらは、個々の従業員のやりがいと努力に頼る経営は、短期的には成功するかもしれませんが、長期的に維持するのは難しいことを示唆しています。以上を踏まえて、今後は、(1)ERIややりがい搾取についての理解を深める、(2)これらが発生する可能性が高い仕事の種類を特定する、(3)ERIややりがい搾取が仕事によってどの程度許容されるのか、あるいは許容されないのかを明らかにするための研究が必要です。以下では、この3つのポイントを順番に見ていきます。

まず、多くの研究がERIとやりがい搾取がストレスを引き起こすと主張していますが、そのメカニズムは明らかにされていません。なぜ、組織では互恵性が損なわれ、不合理な不均衡が生じるのでしょうか?なぜ、重要なのは努力ではなく、努力と報酬の「不均衡」なのでしょうか?もしも仕事の「量」が大事であれば、重要なのは努力であり、報酬は関係ないはずです。ストレスの潜在的な生理学的指標として知られている毛髪コルチゾール濃度(HCC)を使用したある研究では、仕事の量の大きい労働者のHCCはERIおよび努力と相関しているが、報酬とは相関しないことが示されています。このことから、身体的負荷の大きさを原因とするストレスには、主に報酬よりも努力が関係している可能性があります。

しかし、近年では、努力や報酬だけではなく、両者のバランスが重要であると主張する研究が増える傾向にあります。たとえば、1985年から2005年の間にヨーロッパ6か国で実施された11の独立したコホート研究のデータを使用したメタアナリシスの結果は、職場でERIを経験した人々は、職場で経験したストレスに関係なく、冠状動脈性心臓病のリスクが高いことを示しました。さらに、最近の研究では、努力と報酬のバランスが取れている従業員は、過度の努力をしている従業員と比較して、さらには過剰な報酬を得ている従業員と比較して、仕事への関与が高く、生活満足度が高く、うつ病の症状が少ないことが示されています。ただし、ERIがすべての労働者に同じ影響を与えるわけではないことに注意が重要です。例えば、ある研究は、女性は男性に比べて、仕事を辞める意図に関して、報酬よりも努力に影響を受ける可能性が高いことを発見しました。

しかし、残念ながら、ほとんどの研究は、不均衡がストレスの原因であると決定論的に主張するだけで、この原因を深く掘り下げることを避けています。来週、この問題にもう少し踏み込んでみましょう。

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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