第893回:やりがい搾取(8)女性ほど被り易い、努力と報酬の不均衡
前回は、努力と報酬の不均衡(effort-reward imbalance, ERI)により、脳の報酬系が混乱を起こし不健康な行動への抑制が働かなくなるというお話でした。
やりがい搾取のこれまでの研究は、地位の低い若者ほど、また男性よりも女性が、搾取され易い傾向があることを示しています。さらに、ERIと冠状動脈性心臓病との関連は、社会経済的地位の高い従業員よりも低い従業員、高齢の従業員よりも若い従業員で大きいことが示されています。同様に、最近の研究では、ERIと自殺念慮との関連は、性別、地域、教育、および世帯収入によって異なることが示されています。しかし、ほとんどの研究は、部門ごとの医療専門家の意識を扱った一部の研究を除いて、不均衡の違いと職業によるその影響にほとんど関心を示していません。
現在、ジェンダー不平等の視点を持つ研究者によって、職業とERIの関係が部分的に示されています。たとえば、2008年から2014年にかけてスウェーデンで実施された研究では、女性は男性よりも長時間働き、無給労働に多くの時間を費やしていることがわかりました。また、この研究では、無給労働時間の増加と抑うつ症状の進行の増加との関連が、男性よりも女性の方が大きいことも示されました。しかし、こうした問題は、ジェンダーギャップが大きい国に深く根ざしている可能性があります。例えば、日本では、育児や介護を、重労働であるにもかかわらず、女性が家庭でタダでやるべき仕事と捉えている人が多く、それがこれらの産業の賃金が低水準に抑えられている理由かもしれません。したがって、国や産業によって異なる搾取の実態について客観的な情報があれば、これらの人々に必要な支援を引きつけるのに役立つでしょう。例えば、ERIを用いた大規模な調査は、そのような証拠集めに貢献するでしょう。
Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063
國分圭介(こくぶん・けいすけ) 京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。 この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください) |