パナソニック・マネジメント・マレーシアの副社長で、最近までマレーシア日本人商工会議所(JACTIM)の会頭を務めていた井水啓之さん。マレーシアに23社あるパナソニック・グループ会社を束ねる司令塔として、マレーシアの4年間を含めてこれまで複数の国で働いて来られた井水さんに日本人が海外で働く上での助言をいただいた。
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日本人とマレーシア人はいい組み合わせ
マレーシアで素晴らしいなと思うところは大きく二つあって、一つは豊富な日本食など日本と変わらないレベルの生活を送るためのいろいろな環境が整っており、しかもコストが安いことですね。
日本人とマレーシアという組み合わせもなかなかいいものがあって、生真面目でルールを守る日本人とおおらかさのあるマレーシア人、でもアジアに共通するセンシティビティというか、シャイな部分など共有しているし、いい組み合わせではないかと思います。
私個人として気をつけている点ですが、自分が外国人であるということ、常に謙虚にマレーシア人から学びたいという気持ちを大切にしています。マレーシアは親日的な国ですし、マレーシアから教わることも多いです。
世界を俯瞰する
二つ目は、自分の目標でもあるのですが、世界を知る、俯瞰するということ、世界で起こっていることを客観的に歴史や宗教も踏まえて自分なりに理解するということが、ここにいるとやりやすいという点です。
一部の大メディアに情報を依存しているような状態にあった日本における生活に比べて、もっとフレキシブルに広い見方や考え方に接することができるようになりました。
是非もっとたくさんの日本の皆さんにマレーシアに来て頂いて、マレーシアからみた世界、日本を学んでいただきたい。そうすればより豊かな人生を送れるんじゃないかなと思います。
マレーシアに来て4年半になりますが、私はマレーシアが大好きですしマレーシアに感謝しています。
政府と企業の距離の近さ
もう一つのマレーシアのいいところは、政府と企業の距離が近いということです。私は4年間マレーシア政府とダイレクトなコミュニケーションを続けてきましたが、今回の新型コロナウイルス「Covid-19」のような状況にあって凄く役に立っています。
新型コロナ感染対策では標準的運用手順(SOP)を巡って大変でした。日本は省令を決めようとするなら、几帳面に関連するものをみんなで議論して詰めていきますが、マレーシアは事前調整をせずに先にボーンと発信してから、産業界の声を聞きながら、調整していく傾向があります。
つまり、マレーシアの良いところは、産業界と直接、会話をするところです。東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でみてもそこは素晴らしい点だと思います。大臣にも直接会えるし、事務次官とも会える。こちらの話を聞いてくれる。政府と距離が近い。これは素晴らしいと思います。
日本人の価値観を伝える
そうはいっても価値観や仕事の進め方が日本人とマレーシア人では大きく違います。やはりそういうところで我々がお手伝いできるところがあるかと思います。日本で勉強してきた5Sの重要性とか、意味をマレーシア人に伝えていきたいですね。内村鑑三や松下幸之助が言っていたことですが、まず道徳が良くなければ政治が良くならない。政治が良くならなければ経済が良くならない。
第二次世界大戦以降、日本人は経済が良くならないと道徳が良くならないと思い込んでいるかもしれませんが、経済を良くしようと思えば政治が良くならないといけないと思います。
その政治を良くしようと思ったら、やはり国民の道徳観、モラルが非常に大事であり、日本人の強みは昔からそこにあったはずなんです。5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)が大事だというのはその辺りの考え方に立脚している訳なんですが、道徳観念が、しっかりしていないとアウトプットが出て来ないと思います。
確かに合理化などは進んでいくと思いますが、人間としての価値観とか産業人、企業人としての心がけのようなものをもっていないといけないと思います。なので我々の役割はこうしたことを伝えていくことだと思います。またそうしていけばマレーシアはもっと良い国になるのではないかと思いますね。
中・長期的なビジョンの大切さ
私は30年間人事をやってきました。大きな事業構造改革に人事責任者として関わる仕事が多かったんですが、合併・買収(M&A)も3回経験しましたし、新しい工場展開、工場の閉鎖、人員削減などをずっとやってきました。そうしたことをやってきて、その時々にそれなりにやり遂げたという達成感は確かにありました。
しかし今考えると目先のことをやってきたのではないかと思うんです。人事の分野で事業を小さくしたり、統合したりといったことをやってきましたが、いざ振り返るとなんだったんだろうなと思うことが多々あります。
そういうことを踏まえて、反省点としては中長期的なビジョンをもって進めてこられなかったという点があります。この会社をどういう会社にしたいのか、そうした会社にするには人事がどうあるべきなのか、何をもって達成したのかという評価基準、KPIを設定して、中長期的ビジョンに立って人事マネジメントができなかったと感じています。
文化と組織と人の掛け算
事業が強くなるというのは、「文化」と「組織」と「人」の掛け算ではないかと思うんです。多様性のある文化と自立した多様な知見をもった人が集まって能力を如何なく発揮して、共に助け合いながらモノを作っていく、競争していくという価値を創出できるような会社であったのかと。そういうことについてもっと目指すべきではなかったのかなと思います。
パナソニックではベーシック・ビジネス・フィロソフィ(BBP=経営理念)と呼んでいるのですが、会社の経営理念というものが唯一、グループ全体をグローバルで束ねていけるものなんですね。この価値観をしっかりローカルの人たちと共有することはとても大事なことなんです。実際それなりにローカルの幹部が育っている会社はうまくいっています。やはりローカルを動かすのは現地の習慣や言語でみてもローカルです。
日本人は、技術は教えられるかもしれませんが、マネジメントするのは簡単ではない。やはりしっかりしたローカルを育てて、彼らに任せて経営していくというのが大事です。技術移管も大事なんですが、それだけではしっかりした経営はできないと思います。
そして我々は日々の仕事を通じてヴァリューを教える。お金を稼ぐよりコンプライアンスを守る、ルールを守ることの方が大事なんだと教えないといけない。なぜそれが大事なのかということを教えることが日本人の役割ではないかと思います。