【従業員の勤労意欲を高めるために】第897回:やりがい搾取(12)アンケート調査を活用して搾取を防ぐ

第897回:やりがい搾取(12)アンケート調査を活用して搾取を防ぐ

前回は、ボランティアを例にとり、内発的動機づけだけで働ける人に頼ることの限界を述べました。奉仕の精神で働いてくれる人の存在は有難いものですが、それを手本にすると、人も組織も疲弊してしまいます。

さて、このシリーズでは、努力と報酬の不均衡(effort-reward imbalance, ERI)とやりがい搾取、内発的動機づけとの関係をレビューしました。なぜERIが発生するのか、なぜERIが心身の病気や離職などの経済行動につながるのかは、現状ではまだわかっていません。しかし、進化生物学や脳科学の蓄積された研究は、ERI研究の参考にすべきヒントを提供してくれます。

まず、このコーナーで取り上げた、人類が進化の過程で獲得した「間接互恵性」が、裏切り者を排除し、組織やその構成員の生存能力を高めるというメカニズムについては、経営者はそれをうまく活用することで、長期的な発展を犠牲にしてでも、搾取を最大化し、短期的な利益を得ることができることを示唆しています。したがって、間接互恵性の考え方は、長期的に組織とメンバーの両方に損害を与える可能性のある不合理なERIの原因の一部をうまく説明できるかもしれません。また、線条体を中心とした脳の報酬ネットワークが、努力や報酬よりもERIと強く関連しているとすれば、努力や報酬ではなく、両者の不均衡が人間にとってより有害である理由の一部を説明できるかもしれません。

残念ながら、現代人は、良心的な従業員のやりがいを利用し、組織に利益をもたらすふりをしながら従業員にERIを引き起こす悪意あるマネージャーの行動を防ぐのに十分なほど進化していません。また、残念ながら、現生人類の脳は搾取に耐えられるようには進化しておらず、ERIによる混乱が心身の病気を引き起こすこともあります。したがって、今日の過度の搾取から労働者を守り、組織の持続可能性を高めるためには、労働者、経営者、ステークホルダーが、ERIをタイムリーに認識できるように、アンケート調査をうまく活用する必要があります。

 

 

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第565回 インドネシアで金銀行が発足、イスラム銀行も資格取得

第565回 インドネシアで金銀行が発足、イスラム銀行も資格取得

Q: インドネシアで採用された金銀行とは?

A: インドネシアのブラボウォ大統領は2月26日、金の取り扱いができる金銀行(ブリオンバンク、金地金銀行とも)制度を発足させ、2行にライセンスを与えたことを明らかにした。同国内で退蔵されている金を、個人資産の運用とマクロ経済の外貨準備の両観点から有効活用していくことが目的のようだ。

ブリオンバンクとは、金を通貨と同じように取り扱う銀行のことである。歴史的にも、金が通貨(金貨)として用いられて金本位制度が確立し、その後は金に代わって紙幣による管理通貨制度が導入されて現在に至るわけだが、ブリオンバンクは金を通貨と同等に扱う銀行である。一般的にブリオンバンクが行える業務として、金を預金して利子を受け取ったり、金を担保にして融資を受けたり、あるいは貿易取引の際に金で決済を行うことなどが含まれる。もちろん、金そのものの売買も可能な銀行も多い。

今回同国でブリオンバンクの資格を取得したのは、国立銀行で従来型銀行のバンク・ラクヤットの子会社と、国内最大のイスラム銀行であるバンク・シャリアの2行である。なお、銀行がこの資格を取得するには、最低14兆ルピア(約1,270億円)の資本金が必要である。

ブリオンバンクの制度は、日本では銀行による金取引に法律上の制限があるためなじみが薄い。これに対してイスラム世界では、伝統的に資産として金を保有することが好まれていたことと、利子を嫌って銀行の利用を避ける傾向があった。そこで銀行が金や地金をそのまま受け入れるとともに、金融商品・取引に金という実物資産が伴うのであれば、イスラム銀行との親和性が高い。インドネシアは金の産出・保有量が多い国でもあるため、ブラボウォ大統領も声明の中で、ブリオンバンクの導入で経済システムが改まり、金による銀行預金が増え外貨準備不足に備えられると、期待を寄せた。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第518回 マレーシアの投資の状況

第518回 マレーシアの投資の状況

3月25日、バンク・ネガラは2024年の経済・金融レビューを発表しました。これは年間の経済・金融システムの総まとめであり、バンク・ネガラが重要視するテーマについての分析も掲載されています。

その中から、今回は「マレーシアの投資サイクルの謎を解く」という記事を紹介します。近年のマレーシア経済は内需主導から投資牽引型へと変化しています。記事によると、マレーシアの投資は他のASEAN諸国と比べて長く低調でしたが、2023年後半から明らかな上昇トレンドに入りました。

マレーシアには過去に2度の投資上昇局面がありました。1度目は1980年代後半から1997年のアジア通貨危機までで、外資系製造業とインフラ建設が中心でした。2度目は2011年から2015年で、石油・ガス部門と不動産投資が主導しました。

現在の第3の投資上昇局面には3つの特徴があります:

  1. サービス部門の成長と製造業投資の拡大:今回はサービス業が68%、製造業が20%と比率が高まっています。製造業では電子・電機、光学製品、輸送機器の投資が拡大しています。
  1. 機械・設備投資の増加とインフラ開発の継続:労働者一人当たりの機械・設備投資は7.3万リンギから8.3万リンギまで増加し、産業高度化や生産性向上に貢献しています。また、交通インフラと環境関連投資も拡大しています。
  1. 民間部門投資の増加:民間投資の比率は77%に上昇し、投資認可額における外国直接投資の比率も45%に達しています。

バンク・ネガラは、投資プロジェクトのスムーズな実施による現在の上昇サイクルの維持と、投資の高度化やサプライチェーンのローカル化を通じた便益最大化を提言しています。

製造業とインフラ投資の活発化は1990年代の高成長期を彷彿とさせますが、当時と異なり輸出の大幅な伸びは見込めず、民間消費も落ち着いているため高度成長の再現は難しいでしょう。しかし、世界経済が不安定な中、こうした生産的な投資が経済を牽引し、マレーシアが今回の投資上昇サイクルの間に高所得国入りを達成できれば理想的であると筆者は考えます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第896回:やりがい搾取(11)ボランティアの働き方から搾取を考える

第896回:やりがい搾取(11)ボランティアの働き方から搾取を考える

前回は、海外駐在員が努力と報酬の不均衡(ERI)に対する耐性が低く、そのため、求められる努力に相応しい待遇や労働環境を用意する必要があることを述べました。過剰な情熱は、時に、文化の異なる周囲の仲間との協調を難しくします。しかし、現実には、日本本社のグローバル化の遅れなどにより駐在員の裁量に任されている仕事が多く、そのため報酬を超えた努力を強いられるケースも少なくないようです。

駐在員の対極には、例えば、無償または有償のボランティアが挙げられます。有償ボランティアとは、標準よりも低い賃金で、ボランティアとしてパートタイムで働く人々のことです。多くの場合、補償額は最低賃金を下回っています。他人を助けたり、自分の能力を発揮したりしたいという内発的な動機づけが、彼らを駆り立てています。そのため、努力と報酬に乖離があってもパフォーマンスが下がることはありません。もちろん、パフォーマンスが低下しないからといって、不均衡を正当化できるわけではありません。多くの有償ボランティアは、業務を遂行する人材が不足し、需要に供給が追いつかない状況に陥っています(有償ボランティアを取り扱う非営利団体で筆者が行ったインタビュー調査による)。

これは、内発的動機づけだけで働ける人に頼ることの限界を示しています。すなわち、たとえボランティアの当人たちに不満がなくても、需給ギャップを埋めるために待遇を改善することには小さくない意義があります。このことは、介護や育児など、人手不足で疲弊している分野も同様です。そのため、現在、ボランティア業務を引き受けている人たちがどのようなメンタリティを持っているのか、また、その対極にある駐在員とどのような違いがあるのかを知ることは、行政や企業経営者、求職者の認識や態度を改善する上でも意味があると考えられます。

 

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【イスラム金融の基礎知識】第564回 エジプト、イスラム銀行市場が拡大

第564回 エジプト、イスラム銀行市場が拡大

Q: 2024年のエジプトのイスラム銀行市場は?

A: エジプト・イスラム金融協会が3月に発表したところによれば、2024年のイスラム銀行市場は対前年比で60%以上の成長を示した。この背景には、近年のエジプトの経済状況があるようだ。

モハメド会長によると、同国のイスラム銀行部門の預金総額は7,380億エジプト・ポンド(約2兆1,700億円)で、対前年比で65%の増加し、従来型銀行を含めた全銀行の預金残高の7.3%を占めた。同様に融資総額も8,070億エジプト・ポンド(約2兆3,800億円)で対前年比64%増加、全銀行部門の融資の6%となった。現在エジプトでは、イスラム銀行専業銀行が4行、イスラム金融商品を扱える資格をもつ従来型銀行が11行存在する。専業4行とは、ファイサル・イスラム銀行、アブダビ・イスラム銀行、アル・バラカ銀行、そしてクウェート・ファイナンス・ハウス傘下の銀行で、いずれも中東・北アフリカの大手資本である。

このように好調なイスラム銀行市場であるが、近年のエジプトは20%を超えるインフレに悩まされている。一般的に、インフレ率の高まりは貨幣価値の下落を意味するので、中央銀行はインフレを抑えるため政策金利を上げる。市中銀行も、中央銀行に合わせて預金金利と貸付金利を上昇させる。実際、エジプトの従来型銀行の金利は20%を超えている。他方イスラム銀行は、政策金利に左右されずあくまでも実物資産の売買に合わせて手数料やリターンを決定する。もっとも、銀行間で預金や融資先の獲得競争が起きて、結果的に従来型銀行の金利と同程度の数値に収斂されていく。

なお、2024年の1年間でイスラム銀行の支店数は51店舗増え、全国で311店舗となった。これはおよそ20%の増加となる。イスラム銀行市場の拡大は、金融やマクロ経済の統計上の話というだけではなく、実体経済に根付いているといえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【人生の知恵・仕事の知恵】Give a thought at GENBA

Give a thought at GENBA

 

★現場とGENBA

筆者は、日本企業の海外法人で現地社員の指導にあたるとき、日本と同じように現場の大切さを指導しています。

Go To Genba

とにかく現場で実際の状況を確認するようにアドバイスをしています。ところが最近は、報告もSNSが主体となって、それこそ、工場でのトラブルまでもSNSで報告をする習慣となって、現場写真を送ったことが、「現場の確認」になっている事態です。

 

★なぜ、現場に行かないのか

「とりあえば現場に行って欲しい」と表現をしても、全くその意図が伝わらず、行っても何もなかったらどうするのですか?とさえ聞き返されることがあります。

「何もないかもしれませんが、現場に行って実際にモノを見たり触ったり人に話を聞いたりすれば、問題の本質が掴める可能性が高まるでしょう?」と説明して、ようやく足を運びます。

そして、以下のようにも付け加えます。

「何もないかもしれませんが、現場に行って、実際のものに触る、人と話すなどすれば、問題解決の糸口は掴めますよ」。

 

★何をしないかではなく、何をするか

そうして現場に足を運ぶことに躊躇をするのは、何をやったではなく、何をしてはいけないのか、ばかりを植え付けられてきたせいもあるでしょう。

だから、冒険をするようなことを言っていなくても、未知の結果が出るかもしれないことは、さらに別の判断を求められるだけに、拒否をしたくなるのかもしれません。

現場主義を回復させるためには、できることを探す文化を醸成する必要があります。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 https://yuasatadao.com/about-us/presidents-greeting/【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第517回 NVIDIAのチップを巡る疑惑について

第517回:NVIDIAのチップを巡る疑惑について

2月27日、シンガポールでNVIDIAの高性能GPUを不正に輸出した疑惑で3人が起訴されました。これは、前日にシンガポール警察が22か所を急襲し、9人を逮捕、関連文書と電子記録を押収したことを受けたものです。

今回の問題は、今年1月に発生した「DeepSeekショック」に端を発しています。中国のAIベンチャー企業DeepSeekが、従来AIの学習に必要とされていたコストの約10分の1で、ChatGPTなど米国の最先端AIに匹敵する性能のAIを発表したのです。高性能GPUの輸入規制下にある中国企業がこのような高性能AIを発表したことで、高性能AI開発に不可欠なGPUをほぼ独占的に開発・販売しているNVIDIAの株価が大幅に下落し、株式市場に動揺が広がりました。

一方で、米国商務省は、DeepSeekが米国のAI半導体規制を回避してNVIDIAの高性能GPUを大量に入手しているのではないかという疑惑を抱き、捜査を開始しました。その過程で浮上したのが今回のシンガポールの事案です。さらに、シンガポールからマレーシアを経由してAI半導体が中国に輸出されていた可能性も報じられています。

3月4日、ザフルル通産大臣はシンガポール当局と共同でNVIDIAチップの不正輸出について調査を進めており、不正行為が確認された企業に対しては厳正な措置を講じると表明しました。

マレーシアは現在、データセンター建設の一大ブームを迎えています。過去2年間で990億リンギ(約217億米ドル)のデータセンター投資が発表され、さらに1,490億リンギの追加投資が計画されています。Amazonは2038年までに292億リンギの投資を表明し、GoogleやMicrosoftもそれぞれ20億米ドル以上の投資を計画していると報じられています。

また、マレーシア政府はAI分野に積極的に取り組む方針です。3月5日、アンワル首相は有力な半導体IP企業であるARM社との合意により、マレーシアがAIチップの設計、製造、テスト、組み立てを行い、グローバル市場への販売を実現すると発表しました。

こうしたマレーシアの野心的な計画にとって、今回の高性能GPUの対中国不正輸出疑惑は重大な障害となりかねません。米国政府は2022年10月にNVIDIAの高性能GPUの対中輸出規制を発表して以来、段階的に規制を強化してきました。今年1月13日には、米国政府は世界各国へのGPU輸出に上限を設ける新たな規制方針を打ち出しました。この規制が実施されれば、マレーシアは「Tier 2」と呼ばれるグループに分類され、年間5万台という厳しいGPU輸入上限が課されることになります。これはマレーシアにおけるAIデータセンター建設計画の大きな障壁となる可能性があります。

上記の規制が実際に実施されるかはまだ決定していませんが、このような重要な時期に中国への高性能GPUの不正輸出の中継地としての疑惑を持たれることは、マレーシア政府としては何としても回避したいところでしょう。今後の展開に注目が集まります。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【人生の知恵・仕事の知恵】Talkative 5S

Talkative 5S

★海外で5Sを指導する

筆者は、20年以上、海外で5Sの指導も行なってきました。そうした経験を通じて海外で現地社員に5Sを実践してもらうためには、以下の3点が大切であると痛感します。

  • 5S全体とそれぞれのSについて目的を理解させる
  • 5Sを通じた最終ゴールを理解させる
  • 率直に問題を話し合う

上記は、日本でも同じ条件とは言えます。ただ、そこに海外独特の3つの阻害要因が邪魔をします。

  • トップマネジメントの指揮でしか動かない
  • 完全な分業意識である
  • マニュアルのない仕事に慣れていない

 

★相矛盾する中での格闘

5Sは全社活動です。全員が主体的に参加して実現できることは言うまでもありません。しかし、海外は個人主義の発想が強いため、他の職場に関する理解や、逆に他の職場に踏み込まれることを嫌います。

5Sを行うためには、日本の職場と正反対のベクトルです。そんな背景もあって、個人の成果を強調するSix Sigmaが展開されたものと推察します。

しかし、そうした異なった職場文化を持つ海外だからこそ、5Sを進めていく甲斐もありますし、意外と日本人が持たないような知恵も生まれるというものです。

 

★語る5S

また、日本のような「察する」文化のない海外では、「語って」5Sを理解させることが肝要です。

5Sの目的について語り尽くしたように思っても、まだ語り尽くしたと早計していけないところが、海外で5Sを指導する特徴です。日本では黙々と行われる5S活動も、海外でおしゃべりな5Sが求められます。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 https://yuasatadao.com/about-us/presidents-greeting/【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第895回:やりがい搾取(10)海外駐在員とやりがい搾取

第895回:やりがい搾取(10)海外駐在員とやりがい搾取

前回は、「許容できる不均衡を見つけるための研究」の必要性を述べました。こうした研究は、特に日本において強く求められていると考えられます。日本の付加価値に占める人件費の割合、いわゆる「労働分配率」は一貫して低下傾向にあり、とりわけ、1996~2000年から2016~2020年までの低下幅はOECD諸国の中でも上位に入るほどの大きさです(厚生労働省, 2023)。言い換えれば、今日の日本は、以前の日本よりも搾取的であり、世界の趨勢を逸脱しています。しかし、日本企業の国際競争力の低下という事情に照らせば、ある程度の賃金抑制はやむにやまれぬものであったという側面もあります。厚生労働省の分析によれば、労働分配率の低下は主に賃金の伸び悩みによるものであり、(1)先行きの不透明感による企業の内部留保の増加、(2)労働組合組織率の低下による労使間交渉力の低下、(3)産業構成・勤続年数・パート比率等の雇用者構成の変化を原因としています(厚生労働省, 2023)。

努力と報酬の不均衡(ERI)への労働者の耐性を考えるうえで、読者の皆さんのような海外駐在員の働き方を考えるのは良い出発点です。海外子会社に派遣される駐在員は、ERIに対する耐性が低い仕事の代表例といえるかもしれません。駐在員の使命は、3年から5年の任期中に本社から与えられた任務を遂行することです。駐在員に過剰な権限が与えられると、現地法人の活動が本社の意図から逸脱し、エージェント(現地子会社または駐在員)が自分の利益を優先してプリンシパル(本社)の利益を損なう、いわゆる「エージェンシー問題」が発生します。日本企業はこの問題に特に敏感であり、その結果、他の先進国の企業よりも現地化に消極的であることが知られています。また、内発的な意欲や情熱は、面白くない仕事をする人への差別や、自信過剰、協調性の欠如につながり易いことが先行研究から明らかです。

現地の文化を理解し尊重しながら現地人材と協力して働く必要がある駐在員が過剰な熱意を持っていると、 日常の管理業務に支障をきたす可能性があります。ERI、すなわち、労働条件に反映された本社の期待を超えた努力が発生する状況では、トラブルが発生し、駐在員の業務遂行能力が低下すると考えられます。しばしば取り沙汰される駐在員の不適応による健康状態の悪化、早期帰国、自殺などの問題も、ERIによって引き起こされる可能性があります。こうした問題が起きないために、日本本社は、現地に派遣する駐在員の人選に慎重を期すとともに、駐在員への期待する働き方を明確に提示して、求められる努力に相応しい待遇や労働環境を用意する必要があります。

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

厚生労働省(2023).令 和 5 年 版 労働経済の分析-持続的な賃上げに向けて〔概要〕令和5年9月、厚生労働省.https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/001149098.pdf

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第563回 デジタル・バンキングの普及が遅れるパキスタン

第563回デジタル・バンキングの普及が遅れるパキスタン

Q: パキスタンでデジタル・バンキングの普及が遅れている現状と課題は?

A: パキスタンのフィンテック、特にイスラム式のデジタル銀行の開発と普及が大幅に遅れており、金融業界さらにはパキスタン経済にとって大きな機会損失となっている。そのような指摘がパキスタンの英字紙でなされた。

同紙は、マレーシアのようにデジタル・バンキングが発展している国がある一方で、woefully(嘆かわしいほどに)と表現せざるをえないほどパキスタンは遅れていると指摘する。中央銀行はすでに、2023年1月に5社に対してデジタル・リテール銀行としての業務を行うライセンスを与えている。しかしながら現状では、1行がビジネスを本格的に行う許可を得たものの、デジタル・バンキングではなくネット・バンキングにとどまっている。また、別の銀行にも試験的な取り組みの許可を得たものの、他の3社については目立った動きをみせていない。

パキスタンでは、既存の実店舗と併せてスマホやパソコンでオンライン決済や送金できるネット・バンキングの仕組みを導入している銀行も多い。口座開設には、一度は実店舗に足を運ぶ必要があるため、支店が存在しない地域では利用が困難となる。これに対してデジタル・バンキングは、一切実店舗を持たず全てオンラインで完結する仕組みであるので、実店舗の有無という物理的な障壁はない。

世界銀行の2021年の調査によれば、パキスタンの15歳以上の国民の銀行口座保有率は、わずか21%にとどまっている。このことは、国民が銀行利用を通じて得られるであろう利便性を失うとともに、マクロ経済も国民を取り込む形で発展する機会も失っており、高い機会損失が生じていると新聞は指摘している。いまや銀行の実店舗よりもインターネットの方がアクセス容易な状況では、デジタル・バンキングの普及が経済発展に貢献するとしている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。