【人生の知恵・仕事の知恵】Dealing with shortage of manpower

Dealing with shortage of manpower

★高齢化する出向者候補

最近、各国で新出向者の方々とお会いすると、ほとんどが、筆者(58)と同じ年齢か、もしくは前後5歳です。それだけではなく、それらの大半の方々は海外を渡り歩いた方々ばかりです。

筆者が初めて海外に出向したのは28歳の時、そして責任者として再出向したのは32歳の時でした。

海外を飛び歩いた「黄金の30代」は、自らの大躍進の時期でした。従って、同じように30代の日本人にそういう経験をさせてあげたいと思うのですが、肝心の同年代の出向者候補が少ないというのが多くの企業の現実です。

そして、そのことは同時に日本企業の中間層の縮小を意味しています。

★就職氷河期と派遣法の歪み

来年から筆者の同世代となるバブル前後社員の大量退職が始まります。その結果として明らかになるのは、海外に出向させ経験を積ませたくなるような先述した中間層の不在であり、その原因としての90年代の就職氷河期そしてその後に始まった派遣法によるツケということでしょう。

実際、どの会社に出かけても30代、40代の社員が非常に少ないことを実感するだけではなく、彼ら彼女らの年代からは1社2社の転職経験は常態化しており、むしろ会社にずっと止まっている当該年代の方々は、全員とは断定しないまでも安定志向が強く、海外出向によるポスト喪失を忌避する傾向が強いという印象を受けます。

★人材不足による企業力低下を防ぐために

企業は人なりです。海外現地法人も同様で、現地法人責任者層の能力に負うところが大であることはいうまでもありませんし、大半の日系企業は日本人次第であるというのが現実です。

しかし、これからの日本企業の海外展開は、上述の理由から出向人材の選択肢がさらに狭まるを得ませんし、「行きたくないのに行かされた」「出したくないけど出した」という人材ばかりになることで、活力のない組織になるように想像されます。

日本人を絶対に出向させなければならないという発想も、相応の歴史を重ねてきた現地法人にはそろそろ不要ではないかと思いますし、必ず任期で交代させる必要もないでしょう。総合的な企業力を失わないための柔軟な海外での人材マネジメントが求められる時代です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第506回 8月の貿易統計、米国向け輸出急増の謎を解く

第506回 8月の貿易統計、米国向け輸出急増の謎を解く

マレーシア統計局は9月19日、8月の貿易統計を発表しました。輸出は前年同月比12.1%増となり、7月に続いて二桁増を記録しました。中でも注目されたのは、米国向け輸出が45.4%増と急増し、国別の輸出先としてシンガポール・中国を上回って首位に立ったことです。米国向けが月次の輸出先で首位になるのは、2007年12月以来、実に16年8カ月ぶりということになります。この米国向けの輸出急増の要因は何でしょうか。

表1はHSコード4桁レベルで見た品目別の対米輸出の変化です。最も増えたのが集積回路(23.3億リンギ増)で、それに記録媒体(12.9億リンギ増)が続きます。集積回路は主に半導体とその部品、記録媒体は主にSSD・フラッシュメモリーです。記録媒体は前年同月比でなんと5.1倍に急増しています。この2品目で8月の対米輸出の増加分の約6割を占めています。以下、医療機器、プリンター等、ラジオテレビ等の部品が続きます。

こうした対米輸出の増加に、米中貿易戦争はどのように関連しているのでしょうか。図1、2は集積回路と記録媒体について、米国のマレーシアと中国からの輸入額の推移を見たものです。まず、半導体については、2017年以降、常にマレーシアからの輸入が中国からの輸入を大幅に上回っており、もとからマレーシアが強かったといえます。一方で、記録媒体については2019年以降中国からの輸入が急減し、マレーシアからの輸入が中国を上回っています。ここには米中貿易戦争の影響が見て取れますが、2020年には中国からマレーシアへの代替がほぼ完了していたと言えます。

この8月にマレーシアの対米輸出が急増したのは、集積回路と記録媒体の輸出急増が主因です。その背景にあるのは、米国でのAI関連を中心としたデータセンター需要の急増ではないかと思われます。マレーシアには集積回路ではインテル、記録媒体ではマイクロン・テクノロジー、ウエスタンデジタル、サンディスクなどが立地しています。こうした企業はいずれも近年、マレーシアで生産設備を大規模に拡張しています。

では、集積回路と記録媒体のどちらが8月の対米輸出急増の主因かと問われると、集積回路であるということになります。記録媒体は7月も前年同月比4.6倍で、このところの対米輸出増加をずっと支えていました。一方、集積回路については7月は16.7%増にとどまっており、8月に2.1倍と急増しました。8月に出荷が始まった半導体、ということでみると、6月にインテルが発表したサーバー向けCPUであるXeon 6の可能性が高そうです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【人生の知恵・仕事の知恵】Connected based on policy

Connected based on policy

★ケイレツ

先日のシンガポールとのオンライン研修で、代理店とのやり取りの問題について受講者が言及したとき、日本のケイレツについて説明しました。

日本のケイレツは、ただ単に発注者受注者のやり取りで繋がっているわけではなく、QCSDを遵守するための方針でつながっていると伝え、お互いの判断基準は損得ではなく、「方針の延長戦上」で行われるべき、とアドバイスをしました。

★方針に沿った商売

松下電器産業(現パナソニック)がヨーロッパに進出した時のことです。事務所が開設したものの、未だ販売する商品さえない中で、当時の日本人出向者に、「まずは松下電器の経営理念を売ってくれ」と要請したのは、先述の「松下電器の方針を理解した販売網」を作って欲しいという意味合いでした。

あるいは、松下幸之助の片腕だった高橋荒太郎(元松下電器産業副社長)はフィリピンでの販売店契約に必ず現金取引を守るよう命じました。「この国で現金取引の取引は困難です」と現地法人の責任者が訴えると、「だったら応じてくれた会社とだけ取引すれば良い」とはねつけました。

★経営トップ自らが陣頭指揮

結局のところ、方針に沿った取引をしたところが信頼関係の長続きをして共存共栄も実現できます。そのために経営トップ自らが先頭に立ち、販売網との信頼関係構築に努め、方針理解を要請していくことが肝要です。

経営トップの熱意が取引先の心を動かします。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第884回:高齢化社会との向き合い方(11)教え合いと自己効力感

第884回:高齢化社会との向き合い方(11)教え合いと自己効力感

前回は、マンツーマンで時間をかけて丁寧に指導を行うことで、高齢者のICTスキルの向上が期待できるというお話でした。

しかし、社会実装を視野に入れれば、当然、費用対効果の点で実現可能なものでなくてはいけません。そこで注目したいのが、高齢者の自己効力感です。これまでに多くの研究で、他人を助けることが自己効力感の向上につながることが確認されています。例えば、Barlow & Hainsworth(2001)は、22人の高齢ボランティアがリーダーになるためのトレーニングを受けたときの動機を探るためにインタビューを行いました。その結果、ボランティア活動は、①退職によって残された人生の空白を埋めること、②他人を助けることで社会の役に立つこと、そして③仲間を見つけることという3つの主要なニーズによって動機づけられていることが明らかになりました。この結果は、高齢者のボランティア活動が、退職や健康の低下に伴う損失を相殺するのに役立つことを示唆しています。

そこで、私の最近の論文(Kokubun, 2024)では、高齢者へのICTの普及に向けて、図に示すように、習得した知識を他人に教えることによる自己効力感を活用することを提案しています。

まず、高齢者は好きなICTの機能を学び始めます(興味のあることから始める)。これにより、ICTが楽しくて便利であることを、より早く、簡単に実感することができます(楽しさや実用性を実感)。ICTが楽しいほど、早く学ぶことができます(早い習得)。そして、彼らは、自分たちが学んだICTを他の高齢者に教えます(人に教える)。他人に教えるという行為は、自分の能力に対する自信を高めます(自己効力感)。自分の能力に対する自信が高まると、ICTに対する抵抗感が減り、他の機能を学ぶモチベーションが高まります(興味のあることから始める)。

このように、高齢者の自己効力感を活用した、高齢者が高齢者を教えるという循環の確立は、高齢化社会におけるICT等の新技術の普及のために有効な手段の一つとなる可能性があります。

 

Barlow, J., & Hainsworth, J. (2001). Volunteerism among older people with arthritis. Ageing & Society, 21(2), 203-217. https://doi.org/10.1017/S0144686X01008145

Kokubun, K. (2024). How to Popularize Smartphones among Older Adults: A Narrative Review and a New Perspective with Self-Efficacy, Social Capital, and Individualized Instruction as Key Drivers. Psychology International, 6(3), 769-778. https://doi.org/10.3390/psycholint6030048

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第553回メイバンク・イスラミック、フィリピンでイスラム銀行業務を開始

メイバンク・イスラミック、フィリピンでイスラム銀行業務を開始

Q: メイバンク・イスラミックがフィリピンでイスラム銀行業務を開始しましたが?

A: マレーシア資本のメイバンクは8月、フィリピンのザンボアンガ支店にイスラム窓口を(イスラミック・ウィンドウ)設置した。同国にとって外国銀行によるイスラム銀行業への参入は初の事例となる。

本連載でもこれまで触れてきたように、フィリピンでは2019年にイスラム銀行法が施行され、市場が民間に解放された。これを受けて今年1月にローカル資本のCARD銀行が、初のイスラム銀行業専業支店を設けた(第535回)。また中央銀行関係者からは、CARD銀行の後に続く銀行が複数存在し、そのうちの一つがマレーシア資本のメイバンクであると示されていた(第543回)。

中央銀行やメインバンクの関係者の話によれば、今年7月にメイバンクが、イスラム銀行業を営めるイスラム銀行部門の設立許可を取得、翌8月にはザンボアンガ支店内にイスラム窓口を設置した。業務は、当面の間は普通預金と当座預金の預金業務のみとし、十分な資金が確保できたところで融資業務を行うとしている。同銀行は、ムスリムと非ムスリムの双方が利用できるとしており、支店に両者が足を運べるような形となっている。ザンボアンガ支店は、ミンダナオ島最西部のザンボアンガ空港からほど近い場所に位置する。首都マニラよりもスールー諸島やボルネオ島の方がはるかに近く、またCARD銀行のコタバト支店とは200kmほどの距離にある。

開設式でメイバンク・フィリピンのアビゲイル社長兼CEOは、「フィリピンへの進出は単に自社の利益拡大だけでなく、公明性、透明性、地域社会の福祉に対するコミットメントを示すものである」とし、ムスリムが多く住む地域でイスラム窓口が設置することの社会的意義を強調した。中央銀行は他にも市場に参入する銀行があることを明らかにしており、今後の動向にますます注目が集まるだろう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【人生の知恵・仕事の知恵】Inclusive education

Inclusive education

★相応の考え方

先日、某社で泊まり込みのスーパーバイザー研修を行った時のことです。

まず、受講者の面々にあるテーマについての成果を発表してもらいました。しかし、その内容が、結果というより活動の内容報告に終始していました。

その旨のフィードバックをするところを思いとどまり、オブザーブをしていた上司であるシニアマネージャーに発表をしてもらったところ、スーパーバイザーと異なり、結果についての明確な振り返りでした。

そこで、当該受講者には、シニアマネージャーとの発表の違いについて考えてもらうことにしました。

★ロールモデルの大切さと海外現地法人での課題

どんな理論よりも、目の前に具体的な行動の規範となるロールモデルが存在することは大切です。

以前、ベトナムの日系企業で、部下指導を大切にしているベトナム人に、「あなたは海外の事業所では珍しく部下の指導をしていますね」と伝えたところ、日本人の上司が部下指導をしている姿を真似ている、とのことでした。

一方で、海外では、社長の言うことが全てという傾向があり、特に現地社員の上司を模範とはしない傾向が強く、直属上司を見習えと言っても当人に響かないところがあるのも現実です。

★体系的な人材育成が鍵

以前、マレーシアの日系企業の社長さんから以下の連絡を受けたことがありました。

「お宅の報連相研修を受けて、受けた社員は報連相ができるようになったが、受けてない社員とのバランスが悪くなった。だから、受けていない社員も受講させたい」

海外の場合、OJTが成り立ちにくいため、Off-JTによる教育機会は、人材育成において大変大切です。

前述の合宿研修を行った企業でも、階層別の総合的な教育を行なっています。そのため全社員の能力が相応にのび、そのうちのメンバーが実際の職場でロールモデルとなっているのです。

全体の底上げを図るための網羅的な人材育成戦略が大切です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

 

【総点検・マレーシア経済】第505回 ブミプトラ経済変革計画2035とは何か(2)

第505回 ブミプトラ経済変革計画2035とは何か(2)

マレーシア政府は2024年8月19日、ブミプトラ経済変革計画2035(PuTERA2035)を発表しました。この計画は2035年までの約10年間で実施され、ブミプトラの経済参加・所有・支配を拡大し、他の民族との経済格差を縮小することを目的としています。

アンワル首相はPuTERA2035の前文や発言で、それがブミプトラ以外の人々の利益を脅かさないものであることを強調しています。実際に、PuTERA2035の多くの数値目標は、ブミプトラの経済水準を多民族に関係なく引き上げることを目指すもので、例えば「ブミプトラの極度貧困率を0%にする」というようなものです。一方で、連載第504回で指摘した3つについては、民族間の分配の問題にかかわるものです。

中でも、「ブミプトラ個人および機関による株式所有比率を2020年の18.4%から2035年に30%に引き上げる」という目標は重要です。これは、1971年の新経済政策から掲げられてきたブミプトラの株式所有比率を30%にまで引き上げる、という目標を引き継ぐものです。このブミプトラの株式所有比率30%の目標については、2006年にマハティールに近いシンクタンクが「既に30%目標は達成されている」という試算を発表して物議を醸しました。というのも、もしこれが達成されていれば、ブミプトラ優遇政策を続ける根拠のひとつが失われてしまうためです。

このブミプトラの株式所有比率には「個人といくつかのブミプトラ委任機関による保有が含まれる」とありますが、具体的にどのような機関による保有が含まれるかは明記されていません。おそらく、PNBや巡礼基金は含まれるが、カザナ・ナショナルやEPFは含まれない、というようなことだと筆者は推測します。つまり、政府の株式保有はブミプトラによる株式保有とイコールではない、というのが、いまだに30%目標が達成されていないとされる大きな理由であると考えます。

PuTERA2035の中では、この目標を達成するための具体策として、イスラム信託基金の強化やブミプトラ企業の業績を向上させるためのファンドの設立、上場企業の民族別株式保有比率の公開義務づけ、ブミプトラ企業の上場の促進などがあげられています。

こうしてみると、PuTERA2035は民族間の分配問題に最も関係している、ブミプトラの株式所有比率を30%に高めるという目標についても、具体的な政策はブミプトラ企業の支援が中心で、民族間の再分配的な政策ではないことが分かります。つまり、PuTERA2035をブミプトラ政策の強化としてことさらに警戒する必要はないと筆者は考えます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第883回:高齢化社会との向き合い方(10)個別指導でICTスキルを高める

第883回:高齢化社会との向き合い方(10)個別指導でICTスキルを高める

前回は、加齢による身体の衰えに加えて、自己効力感やソーシャルキャピタルの欠如が、高齢者のICT利用を阻む原因になっていることを述べました。そのため、孤立している高齢者ほどICTを利用しない・できないというジレンマがあります。この問題にどのように取り組めばいいでしょうか。

スキルとデジタルリテラシーを促進するうえでグループベースのICTトレーニングが有効であることを示す証拠があります。Zhao et al. (2020) の研究では、無作為化比較試験(RCT)により、344人の高齢の参加者が介入群または待機リスト対照群のいずれかに割り当てられました。20週間にわたって週に1回、スマートフォンのトレーニングプログラムを受けた介入群では、スマートフォンのコンピテンシーと生活の質が高まりました。しかし、こうした画一的なトレーニングが一部の高齢者にとって有効であったとしても、他の高齢者にとって同様に有効であった可能性は低いと考えられます。そのことは、この研究に示された一部の指標の効果量の低さにも表れています。

そのため、近年の研究は、画一的なアプローチから、教育と学習への個別化されたアプローチへの脱却を主張しています(Arthanat et al., 2021; Fields et al., 2021)。このうち、Arthanat et al. (2021) の研究では、2年間のRCTにより、83人の高齢者が介入群と対象群に分けられた後、6か月間隔で、デジタルリソースへのアクセスと活用を促進するための、コーチと参加者の1対1のICTトレーニングが実施されました。その結果、介入群の高齢者は、対照群の高齢者よりも、様々な余暇や健康管理、日常的な活動に多く従事するようになりました。また、テクノロジーの受容性が大幅に向上し、自立感が維持されました。この結果は、マンツーマンで時間をかけて丁寧に指導を行うことで、ICTスキルの向上が期待できることを示しています。

しかし、社会実装を視野に入れれば、当然、費用対効果、或いは、時間帯効果の観点で実現可能なものでなくてはいけません。個別のニーズに応えようとするあまり費用や時間のかかるトレーニングを設計すれば、それだけ事業継続が困難になります。この問題を、既存の研究は真剣に取り組んでいないように思います。次回に続きます。

Kokubun, K. (2024). How to Popularize Smartphones among Older Adults: A Narrative Review and a New Perspective with Self-Efficacy, Social Capital, and Individualized Instruction as Key Drivers. Psychology International, 6(3), 769-778. https://doi.org/10.3390/psycholint6030048

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第552回:イスラム開発銀行総裁、東南アジアを歴訪

イスラム開発銀行総裁、東南アジアを歴訪

Q: イスラム開発銀行の総裁がブルネイとインドネシアを訪問しましたが、目的は?

A: イスラム協力機構(OIC)傘下の国際開発金融機関であるイスラム開発銀行(IsDB)の総裁が8月、東南アジアのブルネイとインドネシアを歴訪した。これまでの融資の成果を確認するとともに、各国との関係強化を図ることが目的であった。

IsDBのウェブサイトなどによると、ムハンマド・アル=ジャーセル総裁(元サウジ経済企画相)は8月28日から31日にかけて東南アジア歴訪としてブルネイとインドネシアを訪問した。まずブルネイでは、ハサヌル・ボルキア国王や経済閣僚らと会談を行い、両者間のパートナーシップに関する覚書に調印した。これは、ブルネイが掲げる国家ビジョン「ワワサン2035」に対してIsDBが協力するもので、具体的な内容としてはイスラム金融の促進、中小企業エコシステムの支援、能力開発、地域経済化協力の統合、気候変動の緩和と適用といった分野で両者が協力することが含まれている。また総裁は、IsDBが主導するイスラムの連帯とOIC加盟国の福祉・教育・医療・社会保護に重点を置く慈善活動についての説明を行った。

次にインドネシアを訪問した総裁は、IsDBの融資によって建てられた東ジャカルタ市の二つの病院の開所式に出席した。IsDBは、2020年にインドネシアの三つの保健プロジェクトに対して14億米ドルの融資を行なったが、この病院はその一環として建てられたものである。総裁は、小児病棟と母子病棟をもつこれらの病院がインドネシアの家族に対して世界のトップレベルの医療を提供することになると、スピーチで強調した。また、ジョコ・ウィドド大統領と会談、インドネシアがヌサンタラに新首都を建設することに関連して、公平な開発、気候変動への取り組み、ゼロ・カーボンの開発、SDGsの達成などの各分野でIsDBが協力することを表明した。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第882回:高齢化社会との向き合い方(9)孤立している高齢者ほどICTを利用しないというジレンマ

第882回:高齢化社会との向き合い方(9)孤立している高齢者ほどICTを利用しないというジレンマ

前回は、ICTの普及により高齢者が犯罪に巻き込まれるリスクが高まるというお話でした。ICTの健全な普及のためには、高齢者への適切な教育や、家族や職場の上司などの周りの人間との信頼関係の構築が必要です。

このようなリスクが伴うものの、前々回に述べたように、ICTには高齢者の孤立を防ぐという良い面があります。しかし、高齢者はしばしばICTの利用を避けます。高齢者がICTを避ける理由についての代表的な議論は、彼らの身体の衰えに関するものです。年齢による身体の変化は、テクノロジーに対する理解や使用を困難にします。例えば、認知機能の低下は、日常活動のパフォーマンスの低下と関連しているため、高齢者による新技術の受け入れに悪影響を与える可能性があります。また、高齢者に多く見られるうつ病は、否定的な感情を高め、新技術への適応を阻害する可能性があります。こうした条件が重なれば、高齢者は、ICTをうまく使えず、そのことに恥ずかしさを感じ、自信が低下し、不安が増大することで、ますます、ICTの使用を避けるようになります。

しかし、加齢による身体の衰えだけが高齢者のICT利用にとっての障壁ではないようです。むしろ、先行研究は、ICT利用に悪影響を与える主な要因が、自己効力感やソーシャルキャピタルの欠如であることを主張しています。すなわち、ICT利用をサポートしてあげられる子や孫などが同居していなかいことで、或いは、ICTを上手く使えているという実感や、ICTの利用により生活が改善されているという実感が得られないことで、高齢者はICT利用に対する意欲を簡単に失います。一方、既存のソーシャルサポートがある高齢者は、ICTのメンテナンスやトラブルシューティングの支援を受け易く、そのため、ICTを多く使用する傾向にあります。
すなわち、現代社会には、孤立している高齢者ほど、孤立を防ぐ可能性のあるICTを利用しないというジレンマがあります。この状況を乗り越えるための方法について、次回考えてみましょう。

Kokubun, K. (2024). How to Popularize Smartphones among Older Adults: A Narrative Review and New Perspectives, Preprints, 2024081157. https://doi.org/10.20944/preprints202408.1157.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)