【総点検・マレーシア経済】第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

第549回:日本・マレーシア共同声明を読んでみる

6月10日、訪日したアンワル首相と高市首相の間で、日・マレーシア共同声明が発表されました。2023年には当時の岸田首相とアンワル首相の間で、両国関係を「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げする声明が発表されましたが、それ以来の共同声明となります。

今回の共同声明には、経済、安全保障、人的交流、国際情勢の認識共有など、多様なトピックが含まれています。しかし、日本にとって最も重要だったのは、経済安全保障関連のトピックであったと考えられます。

「アンワル首相は、LNG をはじめとする不可欠なエネルギー供給や、ナフサ、尿素及び医療用手袋などの石油・化学製品を含め、日本への開かれた安定的な貿易の流れを促進することについてマレーシアの最大限のコミットメントを表明した」

原油・LNGを産出し、巨大な石油コンビナートも保有しているマレーシアにとっては、サプライチェーンの各所で、ナフサ原料、ナフサ、ナフサ由来の化学製品を日本に融通できる余地があります。もちろん、連載543回で示したように、マレーシア自身も中東から原油を多く輸入しており、余裕があるわけではありません。声明の中でも「マレーシアの国内の優先順位及び利用可能な余剰能力に沿って日本のニーズを支援する方策の検討を含め」と一定の留保がなされています。

それでも、ナフサを中心に石油製品の供給が不安定化している日本にとって、マレーシアからの供給を取り付けることの意味は非常に大きいものです。

一方で、マレーシア側がこの声明で得たものはなんでしょうか。経済関係の協力、例えば原子力発電についての日本からの協力なども目につきました。しかし、筆者は「イラン及びパレスチナ情勢」についての認識をあらためて共有したことも成果であると考えます。

3月24日に行われたアンワル首相と高市首相の電話会談の際には、米国・イスラエルのイラン攻撃を巡る認識の違いがありました。マレーシア側はイラン寄りの姿勢、日本は明確に米国寄りの姿勢です。2日後の26日、アンワル首相はイランと米国の和平仲介役を務めるパキスタンのシャリフ首相と電話会談し、「私も世界各国の指導者たちと対話し、中東戦争の即時終結の必要性を強調している」と伝えました。この指導者に高市首相も含まれるのは明らかです。

今回の声明中の以下の文言は、完全に中立です。

「両首脳は、中東情勢、特にイラン及びパレスチナについて意見を交換し、地域情勢の悪化に深刻な懸念を表明した。両首脳は、事態の早期沈静化実現のため、外交努力の継続が極めて重要であることを再確認し、緊密な連携を継続する意向を確認した。ホルムズ海峡における自由で安全な航行が一刻も早く確保されるよう、引き続き連携して対応することで一致した」

アンワル首相は、国内的な政治的アピールとして3月に下院で米国・イスラエル非難決議を行っていますが、マレーシア外務省はイランに対する攻撃と、それに対する反撃の両方を非難する声明を出しています。アンワル首相がシャリフ首相と緊密に連絡をしていることからも、マレーシアは外交上は「中立」であると考えて良いでしょう。一方で、高市首相は外交の場でも一貫して米国を支持し、イランに対し、譲歩や自重を求める発言を行ってきました。

こうした背景からは、今回の声明で、日本は中東問題についての外交的な立ち位置を「中立」に戻したともいえます。マレーシア側としてはこれを「日本を説得した」と誇れるでしょうし、実は、日本の外務省も伝統的な中東政策のスタンスを確認できたことにほっとしているかもしれません。

いずれにせよ、今回の共同声明では、両国の多岐にわたる具体的な協力関係の促進に言及しており、両国関係は単なる友好国を越えて、「包括的・戦略的パートナーシップ」に相応しい緊密な関係に進みつつあると言えるでしょう。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第926回:やる気が脳を擦り減らす?――仕事への熱意に潜む職種差

第926回:やる気が脳を擦り減らす?――仕事への熱意に潜む職種差

前回は、災害後の急回復と真のレジリエンスの違いについて考えました。今回は、仕事への熱意(ワーク・エンゲージメント)と脳の健康との関係についてです。

一般に、仕事への熱意が高い社員は良い社員だと考えられています。

実際、ワーク・エンゲージメントは、生産性や業績、健康状態などと関連することが多くの研究で報告されています。しかし近年、「熱意が高ければ高いほど良いとは限らないのではないか」という議論も出てきています。過度な仕事への没頭は、疲労やストレス、ワークライフバランスの悪化につながる可能性があるからです。

そこで拙稿では、MRIを用いて脳の灰白質容積(GMV)を測定し、仕事への熱意との関係が職種によって異なるのかを調べました。対象は東京で募集した362名の社会人で、管理職・専門職を「知識労働者」、それ以外を「その他の労働者」として比較しました。

分析の結果、興味深い違いが見られました。

知識労働者では、仕事への熱意が高い人ほど脳の灰白質容積が大きい傾向がありました。特に、意欲や感情に関係する大脳辺縁系との関連が確認されました。

一方で、その他の労働者では逆の結果でした。仕事への熱意が高い人ほど、全脳や前頭葉、大脳辺縁系などの灰白質容積が小さい傾向が見られたのです。

もちろん、この結果だけで「熱心に働くと脳が縮む」とは言えません。今回の研究は横断調査であり、因果関係は分からないからです。

しかし一つの解釈は可能です。

知識労働者の仕事への熱意は、自律性や裁量の大きさに支えられた「やりたいからやる」という形で表れている可能性があります。これに対して、その他の労働者では、「やらなければならない」「期待に応えなければならない」という圧力と結びついた熱意になっている可能性があります。論文では、「情熱の二元論」に従って、前者を調和的情熱、後者を強迫的情熱として説明しています。

企業経営に置き換えると、これは非常に重要な示唆を持っています。

多くの企業は、「社員のエンゲージメントを高めよう」と考えます。しかし、本当に重要なのはエンゲージメントの高さそのものではなく、そのエンゲージメントがどこから生まれているかです。

社員が主体的に仕事へ取り組んでいるのか。それとも、評価への不安や同調圧力によって無理をして頑張っているのか。

表面的には同じ「熱心な社員」に見えても、その内実は大きく異なるかもしれません。

近年、人材マネジメントではエンゲージメントスコアの向上が重視されています。しかし今回の結果は、「エンゲージメントを高めること」よりも、「健全な形でエンゲージメントが生まれる環境を整えること」の方が重要である可能性を示しています。

やる気の高さだけを追い求めるのではなく、そのやる気が自由意志から生まれているのか、それとも圧力から生まれているのか。これからの組織づくりでは、その違いに目を向ける必要があるのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから概要をご覧いただけます。

Kokubun, K., Nemoto, K., & Yamakawa, Y. (2026). Occupational Differences in the Association Between Work Engagement and Brain Gray Matter Volume. Current Psychology, 45, 931.

https://doi.org/10.1007/s12144-026-09489-5

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第594回 エルドアン大統領「利子があるところに恩恵なし」

第594回 エルドアン大統領「利子があるところに恩恵なし」

Q: トルコのエルドアン大統領はイスラム銀行をどのようにみていますか?

A: 6月3日から6日にかけて、トルコのイスタンブールでアル・バラカ・グループ主催の「第3回世界イスラム経済サミット」が開催された。マレーシア中銀のアブドル・ラシード総裁をはじめ、各国のイスラム金融関係者が参加する大規模なサミットだが、この中でエルドアン大統領がスピーチを行った。大統領は「利子があるところに恩恵なし」として、イスラムが経済と社会に貢献することを強調した。

イスラム政策を進めるエルドアン大統領であるが、彼の考え方はこのスピーチによく表れている。スピーチによれば、経済や国際関係は、欧米発祥の単一のシステムに縛られるものではないとしている。イスラム金融は正義、倫理、リスク分担、持続可能性、社会福祉といった価値観に基づいて運営されており、欧米社会の価値観とは異なるもう一つの選択肢となる。また、イスラム金融はムスリムだけのものでなく、全世界にとってより 公平で安全なモデルであるとしている。

ただ、現在トルコの金融市場に占めるイスラム銀行の割合は9.5%にとどまっている。長らくトルコの銀行市場を従来型金融が占めていることに対して、大統領は長年の不満を込めて「利子があるところに恩恵はない」と批判した。続けて大統領は、政府系イスラム銀行4行のうちジラート・カトゥルム銀行、ヴァルフ・カトゥルム銀行、ハルク・カトゥルム銀行の合併、および残る一つのエムラク・カトゥルム銀行のIPOを実施することを明らかにした。具体的な時期や方法については言及しなかったものの、これらの動きが重大な相乗効果を生むと強調した。

トルコでは、イスラム式の銀行は「参加銀行」(カティリム・バンカシ)と呼ばれる。イスラム銀行を推進するエルドアン政権下にあっても、「イスラム」の名称を冠することがない独自の政治と宗教のバランスがあるのがトルコの現状を表しているといえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第925回:災害が経済成長を促すこともある?――復興とレジリエンスの違い

925回:災害が経済成長を促すこともある?――復興とレジリエンスの違い

前回は、パンデミックに強い社会をつくるためには、教育だけでなく電力インフラが重要であるという話でした。今回は、自然災害と経済成長の関係についてです。

地震、洪水、台風などの自然災害は経済に悪影響を与えると考えられています。しかし、実は研究によっては「災害後に経済成長率が高まる」という結果も報告されてきました。一見すると矛盾しているように見えますが、どちらが正しいのでしょうか。

拙稿では、1996年から2022年までの108カ国のデータを用いて、自然災害が経済成長に与える影響が、国のインフラ整備状況によって変わるのかを分析しました。特に注目したのは、電力アクセス率です。

分析の結果、電力インフラが極めて未整備な国では、災害の発生後に経済成長率が高まる傾向が見られました。しかし、これは災害が良い影響を与えているという意味ではありません。家屋や道路が破壊された後、それらを再建するために公共投資や援助資金が投入され、一時的にGDPが押し上げられている可能性があります。

一方で、一定以上の電力インフラが整備された国では、災害と経済成長との間に有意な関係は見られませんでした。災害が起きても経済全体への影響が限定的になり、「復興による成長」に依存しなくなるのです。

これは重要な違いです。

災害後にGDPが伸びたとしても、それは必ずしも社会が強くなったことを意味しません。むしろ、被害を受けたものを元に戻すための活動が統計上の成長として観測されているだけかもしれません。本当の意味でのレジリエンス(回復力)とは、災害が起きても経済活動や生活が大きく損なわれない状態を指します。

企業経営にも同じことが当てはまります。

トラブルや危機が発生した後、社員が懸命に働いて業績を回復させることがあります。しかし、それを成功体験として評価し過ぎると、「問題が起きてから頑張る組織」を強化してしまう危険があります。本当に重要なのは、そもそも大きな混乱が起きにくい仕組みを整えることです。

情報システムの冗長化、事業継続計画(BCP)、サプライチェーンの分散、人材育成などへの投資は、平時には目立たないかもしれません。しかし、危機が起きたときに企業の損失を最小限に抑えます。

災害後の急回復は目を引きます。しかし、より望ましいのは、回復を必要としないほど強靭な状態をつくることです。国でも企業でも、真の成長は「復興力」ではなく「レジリエンス」の上に成り立っているのかもしれません。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K. (2026). Natural Disasters and Development Thresholds: Infrastructure, Nonlinearity, and Economic Resilience. Systems, 14(3), 243.
https://doi.org/10.3390/systems14030243

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第548回:プロドゥア、ハイブリッド車を現地組み立てへ

第548回:プロドゥア、ハイブリッド車を現地組み立てへ

マレーシアの自動車市場でEVの存在感が急速に増しています。2025年のバッテリーEV(BEV)車の販売台数は30,848台と前年から倍増しました。もっとも、自動車販売全体に占める比率は約4%で、タイの20%、インドネシアの15%と比較すると低い水準に留まっていました。

しかし、2026年に入ってその勢いはさらに増しています。4月のBEV販売(登録)台数は5,894台、前年同月比104%増と、文字通り倍々ゲームで伸びています。自動車販売全体に占めるシェアは7%台に達しました。

その立役者がプロトンです。コンパクトハッチバックEV のe.MAS 5の売れ行きが好調で、3月にはBEVとしてマレーシアの月間車種別販売ランキングで初の5位入りを果たし、4月も1,772台を販売して、1〜4月の販売で7位の座を維持しています(表1)。

これに対して、EV市場で苦戦しているのがプロドゥアです。2022年8月にAtiva Hybridの限定的なモニタリングを開始したものの、その後の動きは鈍く、EVに関する大きなアナウンスがあったのは2025年12月、純国産BEV「QV-E」の発売でした。QV-Eはバッテリーを月額RM300程度のサブスクリプションとすることで本体価格をRM80,000に抑えたのが特徴で、ダイハツではなくプロドゥア主導でオーストラリア企業と共同開発したものでした。

ところが問題が生じます。2026年第3四半期に月産3,000台を目指していましたが、実際には4月までの累計販売台数はわずか102台、月間では4月の52台が最高という惨状となりました。背景には生産上の問題があります。2月にザイナル・アビディンCEOが、主に中国の部品サプライヤーが品質基準を満たしていないことを原因として挙げています。

プロドゥアの自動車販売自体は現在も好調で、1〜4月の車種別販売のトップはBezzaの32,386台、3・4・5位にもそれぞれAxia/Myvi/Alzaとおなじみの車種が並んでいます。しかし、プロトンも2位にSaga、6位にSUVのX50、7位にe.MAS、8位にセダンのS70が入っています。ホルムズ海峡危機で燃料補助金の先行きが危ぶまれる中、EV市場での空白はプロドゥアにとって大きな問題になりつつありました。

2026年5月14日、四方敬之マレーシア大使がラワンの工場を訪問した際、ザイナル・アビディンCEOがAtiva Hybridのマレーシア市場への投入を認めました。日本の経済産業省のグローバルサウス補助金を活用して工場を改修し、マレーシアでの生産が行われます。

Ativa Hybridはダイハツ・ロッキーのハイブリッド版で、ガソリンエンジン版は1〜4月にも6,514台を売り上げて12位に入っています。Ativa Hybridはダイハツのシリーズ・ハイブリッド技術を採用しており、街乗り中心のBEVであるe.MAS 5に対して、街乗りでの低燃費と長距離巡航をバランスよくカバーできる点が強みです。

一方、ダイハツの5月14日付プレスリリースでは、Ativa Hybridの現地生産について、ダイハツ独自のハイブリッド技術の生産・販売・顧客ニーズに関する「実証事業」という表現にとどまっています。

いずれにせよ、Ativa Hybridがどのように受け入れられるかは、来年にも予想される「国民車」Myviのフルモデルチェンジの試金石となりそうです。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

【イスラム金融の基礎知識】第593回 東南アジアのイスラム金融市場、1兆米ドル超え

第593回 東南アジアのイスラム金融市場、1兆米ドル超え

Q: 東南アジアの2026年第1四半期のイスラム金融市場の状況は?

A: 世界的な金融格付機関であるフィッチ・レーティングスが5月に発表したレポートによると、東南アジアのイスラム金融市場は26年第1四半期に1兆米ドルを超えた。

フィッチ・レーティングスが明らかにしたところによると、東南アジアのイスラム金融市場はマレーシア、インドネシア、ブルネイの3カ国が牽引している。これらの国々は、①ムスリム人口が多い、②政府が積極的にイスラム金融産業を振興している、③ハラル食品やムスリム向け観光などハラル経済が成長している、④デジタル化が進んでいる、などの理由で市場の成長に繋がっているとしている。

市場の構成のうち、イスラム銀行の総資産が過半数を占める一方、スクークが41%でこれに続く。他にはイスラム式で運用されているファンドが8%、タカフル保険会社の資産が2%などとなっている。スクークに着目すると、世界全体のスクークのほぼ半数が、東南アジアで起債された。国別にみるとマレーシアが世界1位、インドネシアが3位であり、両国とも現地通貨建てで起債されている。これらは、過去4年間で債務不履行が発生した例はないとしている。ただ4月以降、ヒッチ・レーティングスはインドネシア自体の評価を下げたため、これに応じて評価を下げたスクークもあるとしている。

他の東南アジア諸国の動向をみてみると、国によって発展の段階が不均衡な状況にあるとみなしている。シンガポールは、米ドル建てスクークの上場先としては世界で6番目に大きい市場になっている。フィリピンは、25年末時点でイスラム銀行資産は4,400万米ドルにとどまっているが、23年に10億米ドルのスクーク発行の経験があり、またタカフル保険事業者が5社存在するなど、着実に成長しているとみている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第547回:マレーシアの2026年第1四半期のGDP成長率、5.4%は順調か

第547回:マレーシアの2026年第1四半期のGDP成長率、5.4%は順調か

5月15日、マレーシアの2026年第1四半期のGDP成長率が前年同月比5.4%と発表されました。2025年第4四半期の6.2%からは減速しましたが、政府予測が通年で4.0%〜5.0%であることを考えれば、それを上回る順調なスタートに見えます。

ただ、需要項目別の伸び率をみると、減速傾向がはっきりと見られます。伸び率を前四半期と比較すると、民間消費(5.6%→4.7%)、民間投資(9.2%→7.8%)、政府投資(9.5%→5.3%)、政府消費(6.6%→4.1%)とすべての項目が鈍化傾向にあります。

唯一改善したのが純輸出(輸出−輸入)の項目で、前四半期の32.9%減から13.5%増へと大きく改善しています。ただし、これは景気の減速局面でよく見られるパターンで、輸出の伸びというよりも輸入の減少によって純輸出が改善します。さらに、2月、3月と原油の輸入が前年同月比で60%以上減少していることも関係していると考えられます。

月次のGDP成長率を見ると、減速傾向がよりはっきりします。2025年のマレーシアの月次の成長率はトランプ関税に影響されました。2025年3月の高い伸びはトランプ関税前の駆け込み輸出の影響とみられます。2025年後半はAIブームもあってマレーシア経済は好調で、2025年12月にはそれに半導体関連の関税導入前の駆け込み輸出が重なり、7.1%という高い成長率を記録しました。

しかし、ここをピークとして、2026年は1月(6.8%)、2月(5.2%)、3月(4.1%)と急減速していることが分かります。3月については、2025年の高い伸び率の3月の水準がベースとなるため、その影響でやや下振れしている可能性があります。それにしても、1月→3月で2.7%ポイントも減速しており、これからホルムズ海峡危機の影響が顕在化し始めることを考えると、四半期ベースの5.4%成長という数字ほど楽観できる状況ではないことが分かります。

5月8日、バンク・ネガラのアブドゥル・ラシード総裁は2026年の4.0-5.0%の成長率予測には、「西アジアの紛争によるエネルギー価格高騰やサプライチェーンの混乱などが考慮されている」と述べています。ただ、どこまでの混乱が想定されているかは不明です。

筆者は、もし世界的にホルムズ海峡危機を主因とした原材料のサプライチェーンが大きく混乱した場合、マレーシアの2026年の経済成長率は3%台半ばまで下落することはありうると考えています。一方で、AI関連の半導体の輸出は絶好調で、どちらの影響が大きくなるかによって、マレーシアの2026年の経済は左右されることになります。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

 

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第924回:パンデミックに強い社会をつくる条件――教育だけでは足りない「電力インフラ」の役割

第924回:パンデミックに強い社会をつくる条件――教育だけでは足りない「電力インフラ」の役割

前回は、電力が人間の発展に直接寄与している可能性についてでした。今回は、電力とパンデミックの関係についてです。

コロナ禍では、国によって死亡率に大きな違いが生じました。その差は、ロックダウンなどの短期的な政策だけでは十分に説明できません。では、危機に強い社会をつくる条件とは何でしょうか。拙稿では、世界142カ国のデータを用いて、コロナ前の「電力アクセス」と「人的資本」、すなわち教育水準が、2020~2021年のCOVID-19死亡率とどのように関係していたのかを分析しました。

分析で注目したのは、教育とインフラが単純に足し算で効くのではなく、互いに補い合う関係にあるのではないか、という点です。教育水準が高ければ、人々は公衆衛生情報を理解し、行動を変えやすくなります。しかし、それを実際の感染対策に結びつけるには、病院、ワクチン保管、通信、遠隔勤務などを支える電力インフラが必要です。

結果として、一つの境界線が見つかりました。電力アクセスが約96%に達していない国では、教育水準の高さは必ずしも死亡率の低下につながっていませんでした。むしろ、教育によって経済活動や移動、人との接触が増える一方で、医療や情報伝達の基盤が十分でないため、脆弱性が高まる可能性が示されました。

一方、インフラが十分整った国では、「教育を受けた人が適切に行動できる環境」がすでに社会の中にできています。そのため、教育そのものより、社会全体の仕組みとして感染症に対応できていた可能性があります。

この結果が示すのは、危機への強さは「教育かインフラか」ではなく、「教育を活かせるインフラがあるか」に左右されるということです。人材育成だけを進めても、基礎インフラが未整備であれば、その力は十分に発揮されません。パンデミック対策は、感染症が広がってから始まるものではありません。平時から、電力、医療、通信、教育を一体として整えることが、次の危機への備えになるのです。

これは海外拠点の経営にも共通します。優秀な人材を採用・育成するだけでは十分ではなく、停電や通信障害を含めたインフラリスクへの備え、デジタル化、緊急時の意思決定体制が整っていて初めて、人材の力が危機対応力へと変わります。

論文情報は以下。末尾のURLから全文をご覧いただけます。

Kokubun, K., Ino, Y., & Ishimura, K. (2026). Electrification, Human Capital, and Pandemic Mortality: Evidence from a Global Threshold Analysis. Pandemics, 1(1), 2.
https://doi.org/10.3390/pandemics1010002

 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第592回 イスラム銀行利用における宗教と立地

第592回 イスラム銀行利用における宗教と立地

Q: イスラム銀行利用者にとって宗教と立地は重要ですか?

A: われわれがどの銀行を利用するか選ぶ際は、様々な要因を考慮する。家や職場に近いか、金利が高いか安いか、サービスが良いか悪いか。人により何を重視するか違いはあるにせよ、各要因が銀行選択を左右する。ムスリムが銀行を選ぶ際には、これらの要因以外にも、自身の信仰の熱心さやイスラム銀行が宗教的な点をどのように強調しているかも、選択に影響を与える可能性がある。こうした各要因のうち、宗教と立地がどの程度重視されるかを調査した論文が発表されている。

西ジャカルタ市のメルク・ブアナ大学のユディ・ヘルリアンシャ博士らの研究グループが2020年に発表した論文「中小企業の起業家がイスラム銀行の利用者になる決定要因:宗教・信仰・立地」では、同市の中小企業家125名に対するアンケート調査が行われた。質問項目としては、中小企業がイスラム銀行を利用するにあたって、①起業家自身の宗教性、②イスラム銀行の宗教性、③イスラム銀行の立地、の3点がどの程度重要かを尋ねた。回答に統計処理をほどこし明らかになったことは、自身の宗教性とイスラム銀行の宗教性が銀行選択において有意に影響を与える一方で、立地は有意な影響がみられなかった。すなわち、自身がムスリムであり宗教性を強調するイスラム銀行が存在するならば、職場・店舗から距離があっても取引で積極的に利用するという行動が見て取れたとしている。

もちろんこの調査は、西ジャカルタ市という都市部の人口密集地域で起業した者が対象であり、同国の地方部や他国でも同じ結果が得られるとは限らないだろう。他方で研究チームは、イスラム銀行がムスリムの多い地域のモスクなどでプロモーションを行いつつ、ATM網を拡大したりデジタル銀行をオンライン上で展開すれば、さらなる顧客獲得が望めると研究結果が示唆している、と強調した。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第546回:マレーシアが日本の経済安全保障にとって重要な理由

第546回:マレーシアが日本の経済安全保障にとって重要な理由

アンワル首相が6月に訪日する方向で調整されていることが報じられています。脱炭素やエネルギー分野について議論されるとされていますが、さらに踏み込んで、重要物資の調達について包括的なパートナーシップを結ぶことが出来ればよいと考えています。

表は2025年の日本のマレーシアからの輸入(HS六桁レベル)のうち、世界シェア1割以上の品目を金額順に並べたものです。最大の輸入品目は液化天然ガス(LNG)で、金額は53億ドル(約8000億円)、世界シェアは約15%と豪州に次ぐ2位であり、日本にとって重要な調達先です。

LNGは日本の火力発電の柱であり、都市ガスや産業用の熱源としても利用されています。原油と異なり、ホルムズ海峡を経由しない調達がほとんどで、日本のエネルギー安全保障の大きな柱となっています。

2位はパーム油で、輸入シェアは87%に達します。2大輸出国のうちインドネシアは中国・インドなど大口先を重視する一方、マレーシアは日本との取引実績が長く、RSPO・MSPOなど環境基準への準拠率も高いことから、日本企業にとって第1の調達先です。

パーム油は即席麺、スナック菓子、チョコレート、マーガリン、冷凍食品などに広く使われており、家庭用洗剤、シャンプー、石鹸、化粧品の多くにパーム油由来の界面活性剤や脂肪酸が使われています。経済安全保障の文脈で話題になることは少ないですが、実は日常生活を支える大きな柱になっているのです。

3位はアルミニウム合金でシェアは11.7%です。輸入先1位は意外にもUAEで、中東危機の影響が懸念されます。アルミ製錬は電力大量消費型の産業で、マレーシアではサラワク州の水力発電を活用しており、国内製錬がない日本にとって今後一層重要な調達先となります。

4位は合板(熱帯木材)で、シェアは43%に達します。建設業の型枠・構造材に広く使われます。特に、コンクリート型枠用合板(コンパネ)については、輸入財が9割です。コンパネはマンション・橋梁・ダム・道路など、あらゆるRC(鉄筋コンクリート)構造物の建設に不可欠です。つまり、合板は建設業の中核を担っており、安定供給は極めて重要です。

5位はココア脂・油・ワックスで、シェアは68%に達します。カカオの産地といえばガーナ等の印象がありますが、加工品ではマレーシアが輸出の拠点となっています。供給が止まればチョコレート、製菓、化粧品、医薬品などに影響が及び、経済安全保障上の優先順位は低いものの、国民生活の豊かさに直結します。

このように、マレーシアからの上位輸入品目は従来の経済安全保障の枠に収まらないものの、代替が難しくシェアが大きい生活密着型の資材です。レアアース・レアメタルが注目されがちですが、国民生活を守るという意味ではLNG、パーム油、アルミ合金、合板こそが中核です。4月末から5月初頭に鈴木農相がマレーシアを訪問し、尿素(肥料原料、シェア約6割)やナフサ・原油を供給するペトロナス社と安定供給を協議しています。

つまり、マレーシアは日本の経済安全保障にとって、非常に重要な国なのです。しかし、過去を蒸し返すと、2014年1月、当時野党指導者だったアンワル首相が私的に来日した際、成田空港で「犯罪歴がある」として入国を認めなかった失態があります。

今回の来日でマレーシアとの関係を強化することは、日本の経済安全保障を強化する上で非常に重要になります。アンワル首相が「ロック」な人ではなく「右手にコーラン左手にシェークスピア」の人であることを踏まえたうえで、最大限の敬意を持って歓待して欲しいものです。イラン情勢での連携などを考えれば、古代ペルシアからシルクロードで伝わった正倉院宝物「白瑠璃碗」を酒(ノンアル)の肴にすれば、2時間ぐらい会話が弾むはずですが、果たして…

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp