【総点検・マレーシア経済】第517回 NVIDIAのチップを巡る疑惑について

第517回:NVIDIAのチップを巡る疑惑について

2月27日、シンガポールでNVIDIAの高性能GPUを不正に輸出した疑惑で3人が起訴されました。これは、前日にシンガポール警察が22か所を急襲し、9人を逮捕、関連文書と電子記録を押収したことを受けたものです。

今回の問題は、今年1月に発生した「DeepSeekショック」に端を発しています。中国のAIベンチャー企業DeepSeekが、従来AIの学習に必要とされていたコストの約10分の1で、ChatGPTなど米国の最先端AIに匹敵する性能のAIを発表したのです。高性能GPUの輸入規制下にある中国企業がこのような高性能AIを発表したことで、高性能AI開発に不可欠なGPUをほぼ独占的に開発・販売しているNVIDIAの株価が大幅に下落し、株式市場に動揺が広がりました。

一方で、米国商務省は、DeepSeekが米国のAI半導体規制を回避してNVIDIAの高性能GPUを大量に入手しているのではないかという疑惑を抱き、捜査を開始しました。その過程で浮上したのが今回のシンガポールの事案です。さらに、シンガポールからマレーシアを経由してAI半導体が中国に輸出されていた可能性も報じられています。

3月4日、ザフルル通産大臣はシンガポール当局と共同でNVIDIAチップの不正輸出について調査を進めており、不正行為が確認された企業に対しては厳正な措置を講じると表明しました。

マレーシアは現在、データセンター建設の一大ブームを迎えています。過去2年間で990億リンギ(約217億米ドル)のデータセンター投資が発表され、さらに1,490億リンギの追加投資が計画されています。Amazonは2038年までに292億リンギの投資を表明し、GoogleやMicrosoftもそれぞれ20億米ドル以上の投資を計画していると報じられています。

また、マレーシア政府はAI分野に積極的に取り組む方針です。3月5日、アンワル首相は有力な半導体IP企業であるARM社との合意により、マレーシアがAIチップの設計、製造、テスト、組み立てを行い、グローバル市場への販売を実現すると発表しました。

こうしたマレーシアの野心的な計画にとって、今回の高性能GPUの対中国不正輸出疑惑は重大な障害となりかねません。米国政府は2022年10月にNVIDIAの高性能GPUの対中輸出規制を発表して以来、段階的に規制を強化してきました。今年1月13日には、米国政府は世界各国へのGPU輸出に上限を設ける新たな規制方針を打ち出しました。この規制が実施されれば、マレーシアは「Tier 2」と呼ばれるグループに分類され、年間5万台という厳しいGPU輸入上限が課されることになります。これはマレーシアにおけるAIデータセンター建設計画の大きな障壁となる可能性があります。

上記の規制が実際に実施されるかはまだ決定していませんが、このような重要な時期に中国への高性能GPUの不正輸出の中継地としての疑惑を持たれることは、マレーシア政府としては何としても回避したいところでしょう。今後の展開に注目が集まります。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【人生の知恵・仕事の知恵】Talkative 5S

Talkative 5S

★海外で5Sを指導する

筆者は、20年以上、海外で5Sの指導も行なってきました。そうした経験を通じて海外で現地社員に5Sを実践してもらうためには、以下の3点が大切であると痛感します。

  • 5S全体とそれぞれのSについて目的を理解させる
  • 5Sを通じた最終ゴールを理解させる
  • 率直に問題を話し合う

上記は、日本でも同じ条件とは言えます。ただ、そこに海外独特の3つの阻害要因が邪魔をします。

  • トップマネジメントの指揮でしか動かない
  • 完全な分業意識である
  • マニュアルのない仕事に慣れていない

 

★相矛盾する中での格闘

5Sは全社活動です。全員が主体的に参加して実現できることは言うまでもありません。しかし、海外は個人主義の発想が強いため、他の職場に関する理解や、逆に他の職場に踏み込まれることを嫌います。

5Sを行うためには、日本の職場と正反対のベクトルです。そんな背景もあって、個人の成果を強調するSix Sigmaが展開されたものと推察します。

しかし、そうした異なった職場文化を持つ海外だからこそ、5Sを進めていく甲斐もありますし、意外と日本人が持たないような知恵も生まれるというものです。

 

★語る5S

また、日本のような「察する」文化のない海外では、「語って」5Sを理解させることが肝要です。

5Sの目的について語り尽くしたように思っても、まだ語り尽くしたと早計していけないところが、海外で5Sを指導する特徴です。日本では黙々と行われる5S活動も、海外でおしゃべりな5Sが求められます。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 https://yuasatadao.com/about-us/presidents-greeting/【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第895回:やりがい搾取(10)海外駐在員とやりがい搾取

第895回:やりがい搾取(10)海外駐在員とやりがい搾取

前回は、「許容できる不均衡を見つけるための研究」の必要性を述べました。こうした研究は、特に日本において強く求められていると考えられます。日本の付加価値に占める人件費の割合、いわゆる「労働分配率」は一貫して低下傾向にあり、とりわけ、1996~2000年から2016~2020年までの低下幅はOECD諸国の中でも上位に入るほどの大きさです(厚生労働省, 2023)。言い換えれば、今日の日本は、以前の日本よりも搾取的であり、世界の趨勢を逸脱しています。しかし、日本企業の国際競争力の低下という事情に照らせば、ある程度の賃金抑制はやむにやまれぬものであったという側面もあります。厚生労働省の分析によれば、労働分配率の低下は主に賃金の伸び悩みによるものであり、(1)先行きの不透明感による企業の内部留保の増加、(2)労働組合組織率の低下による労使間交渉力の低下、(3)産業構成・勤続年数・パート比率等の雇用者構成の変化を原因としています(厚生労働省, 2023)。

努力と報酬の不均衡(ERI)への労働者の耐性を考えるうえで、読者の皆さんのような海外駐在員の働き方を考えるのは良い出発点です。海外子会社に派遣される駐在員は、ERIに対する耐性が低い仕事の代表例といえるかもしれません。駐在員の使命は、3年から5年の任期中に本社から与えられた任務を遂行することです。駐在員に過剰な権限が与えられると、現地法人の活動が本社の意図から逸脱し、エージェント(現地子会社または駐在員)が自分の利益を優先してプリンシパル(本社)の利益を損なう、いわゆる「エージェンシー問題」が発生します。日本企業はこの問題に特に敏感であり、その結果、他の先進国の企業よりも現地化に消極的であることが知られています。また、内発的な意欲や情熱は、面白くない仕事をする人への差別や、自信過剰、協調性の欠如につながり易いことが先行研究から明らかです。

現地の文化を理解し尊重しながら現地人材と協力して働く必要がある駐在員が過剰な熱意を持っていると、 日常の管理業務に支障をきたす可能性があります。ERI、すなわち、労働条件に反映された本社の期待を超えた努力が発生する状況では、トラブルが発生し、駐在員の業務遂行能力が低下すると考えられます。しばしば取り沙汰される駐在員の不適応による健康状態の悪化、早期帰国、自殺などの問題も、ERIによって引き起こされる可能性があります。こうした問題が起きないために、日本本社は、現地に派遣する駐在員の人選に慎重を期すとともに、駐在員への期待する働き方を明確に提示して、求められる努力に相応しい待遇や労働環境を用意する必要があります。

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

厚生労働省(2023).令 和 5 年 版 労働経済の分析-持続的な賃上げに向けて〔概要〕令和5年9月、厚生労働省.https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/001149098.pdf

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第563回 デジタル・バンキングの普及が遅れるパキスタン

第563回デジタル・バンキングの普及が遅れるパキスタン

Q: パキスタンでデジタル・バンキングの普及が遅れている現状と課題は?

A: パキスタンのフィンテック、特にイスラム式のデジタル銀行の開発と普及が大幅に遅れており、金融業界さらにはパキスタン経済にとって大きな機会損失となっている。そのような指摘がパキスタンの英字紙でなされた。

同紙は、マレーシアのようにデジタル・バンキングが発展している国がある一方で、woefully(嘆かわしいほどに)と表現せざるをえないほどパキスタンは遅れていると指摘する。中央銀行はすでに、2023年1月に5社に対してデジタル・リテール銀行としての業務を行うライセンスを与えている。しかしながら現状では、1行がビジネスを本格的に行う許可を得たものの、デジタル・バンキングではなくネット・バンキングにとどまっている。また、別の銀行にも試験的な取り組みの許可を得たものの、他の3社については目立った動きをみせていない。

パキスタンでは、既存の実店舗と併せてスマホやパソコンでオンライン決済や送金できるネット・バンキングの仕組みを導入している銀行も多い。口座開設には、一度は実店舗に足を運ぶ必要があるため、支店が存在しない地域では利用が困難となる。これに対してデジタル・バンキングは、一切実店舗を持たず全てオンラインで完結する仕組みであるので、実店舗の有無という物理的な障壁はない。

世界銀行の2021年の調査によれば、パキスタンの15歳以上の国民の銀行口座保有率は、わずか21%にとどまっている。このことは、国民が銀行利用を通じて得られるであろう利便性を失うとともに、マクロ経済も国民を取り込む形で発展する機会も失っており、高い機会損失が生じていると新聞は指摘している。いまや銀行の実店舗よりもインターネットの方がアクセス容易な状況では、デジタル・バンキングの普及が経済発展に貢献するとしている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【人生の知恵・仕事の知恵】San Gen Shugi

San Gen Shugi

★駅での出来事

日本国内のことですが、先日こんな事がありました。

電車を待ってプラットフォームに立っていると、手前で人身事故が起きたらしく、機械的なアナウンスが電車の遅延を伝えました。

何分遅れているのかわからないため、改札の駅員に尋ねようとしました。しかし最近は駅員がおられない駅も多く、当該駅も例外でないのか、改札付近に設置してあるインターホンで、電車がいつごろ到着するのか問い合わせました。

すると、どこかの駅のコールセンターにつながり、しばらく待って欲しいと言われ、その場所にいると、改札口付近の事務所から男性の駅員が現れました。

「なぜ、あなたは列車が遅延しているのに、外に出てきて乗客に状況を伝えないのか?」

驚いたというか呆れた筆者は現れた駅員にそう尋ねました。

 

★現実感を無くす職場

当該駅員の方は、筆者の問いかけが、あまりよくわかっておられない様子でした。通常のダイヤが乱れても、全て、手元にもった携帯端末の情報に依拠する姿は、災害などの緊急時の対応を危惧させるものでした。

海外の職場でも同じようなことが起きています。

現場の不良発生や不具合の発生は、全てSNSでやりとりし、実際に現場に行って確認をすることもありません。現場感覚が著しく衰えているのが現状だと思います。

 

★三現主義の復活

筆者は、常日頃から、現場・現実・現物という三現主義の大切さを強調していますが、現実的には、上記のように実際に現場に向かうとか、物をみるとか、人に話を聞くとか、といった行為は影を潜めがちになっています。

誰かが声高に「三現主義を大切に」と言わなければいけない時代です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第516回 ペトロナスは大丈夫か

第516回:ペトロナスは大丈夫か

2月25日、国有石油会社ペトロナスは2024年の決算を発表しました。売上高は3200億リンギ(前年比7%減)、税引き後利益は551億リンギ(同31.7%減)となりました。2月7日にはムハンマド・タウフィクCEOが今年後半に人員整理を行うと発表、「これはペトロナスの今後数十年の生存を確保するためのもので、今やらなければ、10年後にはペトロナスは存在しなくなる」と強い危機感を表明しました。

ペトロナスの減益については原油・天然ガス価格の下落が一因とも報じられていますが、前年の2023年は繰延税金資産があったために納税額が低く抑えられていたことも影響しています。もし、今年の納税額が昨年並みであれば税引き後利益は650億リンギ程度で約20%の減益にとどまります。

筆者は現在の業績が、直ちにペトロナスの経営に影響を与えるような悪いものであるとは思いません。一方で、より長期的な懸念材料としては、ペトロナスのサラワク州での権益が揺らいでいる点です。直近では、アンワル首相がサラワク州の全額出資子会社である石油会社ペトロス(Petros)がペトロナスに代わり、同州内でのガスアグリゲーター、つまり生産者からガスを購入し、消費者に販売する役割を与えることを認めました。

サラワク州が自州内の資源について主張を一段と強めたのはナジブ政権下の2017年で、2018年の総選挙での劣勢が予想されていたナジブ首相は、連立与党内で重要なシェアを占めるサラワク州の政党からの支持を固めるため、同州が主張していた州内での資源権益について容認する立場を取りました。これと連動して、サラワク州政府はPetrosを設立、現在まで続くペトロナスとサラワク州の権益を巡る確執が生まれます。

2020年5月には、ペトロナスとサラワク州政府は2019年分の石油製品についての販売税20億リンギを支払うことで合意しました。しかし、この直後、販売税の支払いに抵抗していたペトロナスのワン・ズルキフリCEO(当時)は任期満了を待たずに辞任しました。

1974年石油開発法(PDA1974)は、ペトロナスにマレーシアの領土・領海内の従来型及び非従来型の石油及び炭化水素資源に関する全所有権及び開発・商業化等に関する排他的権利を与えています。加えて、PDA1974は、ペトロナスを石油探索・開発・生産の契約を付与できる唯一の主体と指定しています。

PDA1974による石油・ガス資源に対する独占的かつ強い権限は、ペトロナスのこれまでの商業的成功の大きな要因であり、存立基盤であったと言えます。しかし、マレー半島での政治状況が流動化することで、サバ・サラワク両州の議席の価値が高まり、ナジブ政権末期から現在まで、特にサラワク州に対して石油・ガス資源に関連する独自の権限を認める方向で事態は推移してきました。マレーシアの天然ガスの約60%を埋蔵し、LNG輸出の9割を担うサラワク州の側からすれば、そもそも州の石油・ガスに関する権限は憲法をはじめいくつかの法律で認められているということになりますが、これはマレーシアという国にとって非常にセンシティブな問題です。

連邦と州の間の石油・ガス収入の分配を巡る問題は、これまで何度も繰り返されてきましたが、連邦政府の力が州政府に対して相対的に強い間は、ペトロナスの権限は守られてきました。しかし、昨今の政治状況では、石油・ガス権益が政治的な「飴」としてなし崩し的に州政府に分配される恐れがあります。

筆者は各州の政府が自州の資源開発から正当な配当を得る権利は否定しません。しかし、資源の根源的な所有権・開発権を各州政府に認めることは、これまで国の資源を非常に良くマネージし、世界的な大企業へと成長したペトロナスの存立基盤を揺るがすことになります。ペトロナスの国際的な信用を守る上でも、ステークホルダー全員が合意するかたちで、長期的に安定した石油・ガス収入分配の仕組みを再構築する時期に来ていると思われます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【人生の知恵・仕事の知恵】Putting generational gap into perspective

Putting generational gap into perspective

★世代ギャップ

最近、海外の現地法人でも、世代間ギャップを口にする現地社員が増えました。しかもそれを口にするのは、年長の社員よりも、むしろ10歳以内の歳の差しかない社員が、「最近の若い子は」という言い方を口にします。

「最近の若い子はという言い方は、ピラミッドの中にも落書きで書いてあるぐらいですよ。決して今に始まったことではありません」

そう言ってたしなめつつ、部下指導のアドバイスをします。

★縦の関係に慣れていない世代

しかし、むしろ課題は「最近の若い世代」と口にする社員の方にあるように映ります。縦の関係に慣れていない世代のために、部下へ接し方がわからず、またさほど仕事力もないために明らかに若い部下に軽くあしらわれている傾向が見受けられます。

以前、若い世代は口にするさほど世代の変わらない上司が、部下に逐一報告をさせる必要があるのかと質問をされ、「信頼関係ができていれば、黙っていても報告しますよ」と答えたのは、当該上司の頼りなさからでした。

★候補が先細る時代

現実に物質文明にどっぷりと浸かった若い現地社員が、次世代の幹部として課題が多すぎるとすれば、日本人の40代、30代の海外で働ける管理者の候補が少ないだけに、組織自体の存続にさえ影響してきます。

次から次へと候補が見つかる時代でなくなる時代が、もうそこまできている中、人材育成の方向性も大転換を迫られます。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第894回:やりがい搾取(9)搾取はどこまで許されるのか?

第894回:やりがい搾取(9)搾取はどこまで許されるのか?

前回は、職種別の搾取の実態に関する研究が乏しいことや、女性や地位の低い若者がやりがい搾取のターゲットになり易いことを述べました。

加えて、既存のやりがい搾取研究においては、「どの程度の不均衡が許容されるのか」について、経営者の視点からの分析が不足しています。もしも不均衡が常に従業員の否定的な経済行動や精神的・身体的障害につながるのであれば、長期的で合理的な視点を持つ経営者は搾取を避けたいと思うでしょう。しかし、長年にわたり、経営者が内発的動機づけ理論やリーダーシップ理論などを参考に従業員から報酬を超えた努力を引き出すための努力をしてきたことも事実です。このことは、少なくとも経営者の短期的な視点からは、搾取に一定のメリットがあることを意味します。もしもやりがい搾取と努力・報酬の不均衡(ERI)が誰の目からも明らかに有害であるならば、経営者はとっくの昔にそれを放棄していたでしょう。

一見すると「許容できる不均衡を見つけるための研究」という考えは傲慢に聞こえます。しかし、不均衡を許容する経営者であると世間から見られたくないために内発的動機づけや変革的リーダーシップなどの美しい言葉に頼る経営者は、劣悪な労働条件を隠すために人材採用の現場で「ウチの仕事はチャレンジングですよ」などと言い真実を隠蔽する行為に近いといえます。どの程度の不均衡が有害であるかが明らかになれば、組織やそのメンバーの凋落につながる不合理な搾取がより目立つため、労働者にとっても有益なものとなる可能性があります。

しかし、やりがい搾取やERIに対する耐性を明らかにする研究がランダム化比較試験などを採用すると、参加者が一定期間搾取の対象となるため、倫理的な問題が生じるリスクがあります。したがって、失業や心身の不調などの経済行動を経験した参加者に、その経験の原因を問うケースコントロール研究や、標準化された質問紙を用いた横断研究を行うことが望ましいでしょう。さらに、このような研究を進めるためには、労働者の視点を持つ社会学、倫理学、公衆衛生学の研究者や、経営者の視点を持つ経営学や経済学の研究者が、やりがい搾取やERIの研究にもっと関与し、同じテーブルで議論することが望ましいでしょう。

 

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【人生の知恵・仕事の知恵】Deliver your own message

Deliver your own message

★マネジメントコミュニケーション

今年に入って、新しい研修コースを始めました。「マネジメントコミュニケーション」というタイトルです。口頭でのコミュニケーションが希薄化していくビジネスシーンの中で、改めて、口頭によるコミュニケーションの大切さを学ぶと同時に、実践力を身につけることを目的とした研修です。

特にコロナ以降、ニューノーマルという生活習慣が定着し、会うよりも会わない、話すよりもメールでという選択が中心となり、仕事の進め方も、随分と変わってしまいました。だからこそ、「直接話すことが大切なんです」と強調することが求められる時代といえます。

★コミュニケーションの4原則

ピータードラッカーは、以下の4つの原則を持ってコミュニケーションは成立すると述べています。

原則1:コミュニケーションとは知覚である

原則2:コミュニケーションとは期待である

原則3:コミュニケーションとは要望である

原則4:コミュニケーションは情報ではない

平たくいえば、相手に意図や真意を伝えようとしない行動はコミュニケーションとはいえないということです。

★説得を嫌がる時代と感動の復活

筆者は研修でロールプレイを多用するのですが、最近は説得を嫌がる人材が増えました。そのため、流れに任されるままに仕事が進んでしまっている傾向があります。

その原因は、期待や要望についてのコミュニケーションの取り方次第で流れが変わる結果に影響を及ぼすという実体験が乏しいことも影響しています。

言葉から受ける感動を取り戻すことで、人間の強さを呼び覚ますことが可能となるのです。

 

湯浅忠雄の仕事の実績はこちらのWEBサイトより → https://yuasatadao.com/about-us/presidents-greeting/

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【イスラム金融の基礎知識】第562回 NGOへ資金援助を行うイスラム銀行

第562回 NGOへ資金援助を行うイスラム銀行

Q: NGOへ積極的に支援を行うイスラム銀行はありますか?

A: アメリカでNGO支援を行う団体「ファンド・フォー・NGO」が、「NGOに助成金を提供するイスラム銀行トップ10」というランキングを発表した。このランキングとその選考基準からは、イスラム銀行のCSRのあり方を読み取ることができる。

発表によれば、1位のアル・ラジヒ銀行をはじめトップ10行にはUAEの銀行が3行、カタールとUAEの銀行が2行ずつ、そしてクウェート、ブルネイ、バハレーンから1行ずつ選ばれた。10行中9行がGCC諸国に集中しており、東南アジアは1行にとどまっている。ただ、ランクインしたイスラム銀行は各国に支店網を持つ大手グループが中心であり、イスラム諸国を幅広くカバーしているとみなしている。

同団体によれば、イスラム銀行によるCSR活動の一環としてのNGO支援には複数の傾向が読み取れるとしている。一つは、イスラム銀行は所属する地域コミュニティの発展の貢献を目指しており、国境をまたいだ活動よりも銀行のある国内での取り組みに積極的な支援を行っている。もう一つは、イスラム銀行ごとに力を入れる分野に個性が存在している。例えば、若者のエンパワーメントに力を入れている銀行(ドバイ・イスラム銀行)、特定の疾病に対する健康啓発に取り組む銀行(クウェート・ファイナンス・ハウス)、子供たちの識字率向上への貢献を目指す銀行(バンク・イスラム・ブルネイ)といった具合に、特に積極的な活動分野があるイスラム銀行は、これらに該当する分野で活動を行うNGOへの助成金提供もまた、積極的に行う傾向にある。

NGOの活動支援を謳うこの団体としては、「各団体とも自身の活動内容・地域を踏まえた上で、適切なイスラム銀行が設けるNGO支援プロジェクトに応募すべきであろう」と、NGOにアドバイスを送っている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。