【人生の知恵・仕事の知恵】Why are you in Malaysia ?

Why are you in Malaysia ?

★果たして日本の海外展開は成功だったのか?

1985年のプラザ合意による円高容認以降、海外に多くの日本企業が進出しました。特にマレーシアは、電器関係を中心として、日本に次ぐ第二の生産拠点の勢いで、生産移管が行われたことを、懐かしく思い出します。

赴任する日本人は青雲の志を抱き、また日本企業で働き始める現地社員は、日本企業から少しでも技術を覚えようという謙虚さに満ち溢れていました。その後、多くの生産拠点は中国に移管されるかもしくは縮小されました。

今、シャアラムやPJの周辺を車で移動していると往時を思い出しつつ、果たして日本企業の

海外展開は成功だったのだろうか、想いに馳せることがしばしばあります。

 

★日本企業が苦しんだマレーシアパターン

日本企業を苦しめたのは、マレーシア独特の、言って見れば、マレーシアパターンでした。日本人が大切にしてきたガンバリズムが最終的に否定され、現地社員自身から声の上がる「やはりマレーシアでは無理だ」という諦めというか割り切りにも似たような結論づけに、マレーシアの日本企業は、苦しめられてきた面があります。

また 「日本企業は自動的に給料が上がり、昇格できる」と信じている現地社員の声は、日本企業の貢献を考えると不当に軽んじられてきたように思います。

 

★日本企業にとってのマレーシア2.0

一方で、マレーシアの若い現地社員と話していると、上述したような日本企業を不当に軽んじる声は少なくなっているように映ります。

むしろ、どの企業で働くかよりも、自らの力を最大限に発揮できることに優先順位が高いという印象を受けます。そして、地元意識が高いです。

日本企業が迎えるマレーシア新時代は、意外と当初、多くの日本企業が思い描いたその国に貢献する産業報國にあるのかもしれません。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第889回:やりがい搾取(4)なぜ努力と報酬の「バランス」が大事なのか?

第889回:やりがい搾取(4)なぜ努力と報酬の「バランス」が大事なのか?

前回は、努力と報酬の不均衡(effort-reward imbalance, ERI)ややりがい搾取と、内発的動機づけとの境界は曖昧であることを述べました。

従業員の視点から見ると、ERIはネガティブな経済行動や心身の病気と関連しており、また、やりがい搾取は搾取される人の性格と関連しています。同時に、経営者にとっても、内発的動機づけには協調性の低下などのネガティブな側面があります。これらは、個々の従業員のやりがいと努力に頼る経営は、短期的には成功するかもしれませんが、長期的に維持するのは難しいことを示唆しています。以上を踏まえて、今後は、(1)ERIややりがい搾取についての理解を深める、(2)これらが発生する可能性が高い仕事の種類を特定する、(3)ERIややりがい搾取が仕事によってどの程度許容されるのか、あるいは許容されないのかを明らかにするための研究が必要です。以下では、この3つのポイントを順番に見ていきます。

まず、多くの研究がERIとやりがい搾取がストレスを引き起こすと主張していますが、そのメカニズムは明らかにされていません。なぜ、組織では互恵性が損なわれ、不合理な不均衡が生じるのでしょうか?なぜ、重要なのは努力ではなく、努力と報酬の「不均衡」なのでしょうか?もしも仕事の「量」が大事であれば、重要なのは努力であり、報酬は関係ないはずです。ストレスの潜在的な生理学的指標として知られている毛髪コルチゾール濃度(HCC)を使用したある研究では、仕事の量の大きい労働者のHCCはERIおよび努力と相関しているが、報酬とは相関しないことが示されています。このことから、身体的負荷の大きさを原因とするストレスには、主に報酬よりも努力が関係している可能性があります。

しかし、近年では、努力や報酬だけではなく、両者のバランスが重要であると主張する研究が増える傾向にあります。たとえば、1985年から2005年の間にヨーロッパ6か国で実施された11の独立したコホート研究のデータを使用したメタアナリシスの結果は、職場でERIを経験した人々は、職場で経験したストレスに関係なく、冠状動脈性心臓病のリスクが高いことを示しました。さらに、最近の研究では、努力と報酬のバランスが取れている従業員は、過度の努力をしている従業員と比較して、さらには過剰な報酬を得ている従業員と比較して、仕事への関与が高く、生活満足度が高く、うつ病の症状が少ないことが示されています。ただし、ERIがすべての労働者に同じ影響を与えるわけではないことに注意が重要です。例えば、ある研究は、女性は男性に比べて、仕事を辞める意図に関して、報酬よりも努力に影響を受ける可能性が高いことを発見しました。

しかし、残念ながら、ほとんどの研究は、不均衡がストレスの原因であると決定論的に主張するだけで、この原因を深く掘り下げることを避けています。来週、この問題にもう少し踏み込んでみましょう。

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【人生の知恵・仕事の知恵】Process From viewing to participating

Process From viewing to participating

★1 on 1研修の効用

オンライン研修が、シンガポールのような国では常態化しました。その延長で、筆者と受講者の二人だけという研修の機会が増えました。

受講者としては、他に気を遣うことなく、日頃の不安や悩みを筆者と共有できることから、オンラインというバーチャルな空間でありながらも、現実的な悩みの解決を促すことができます。

 

★問題はスマホの中

世界中、どの国を見渡しても、庶民の普段の行動様式は一律になりました。街を歩いていても、電車に乗っていても、かつては、読書をしたり誰かと語り合うという場面が見られました。しかし、今はほぼ全員、スマホの画面に夢中です。

寝てる時間以外は、全てスマホです。つまり、現実は本来バーチャルであるオンライン空間にあるだけに、ウエビナーも受講者との親和性がある時代なのかもしれません。

 

★観るから参加するに深化させる

一方で、バーチャルな空間は「観た」という消極的な姿でも、一応のお墨付きが得られることが難点です。当事者意識の拒否を機械的に受け入れてしまう仕組みが、ウエビナーの難点です。

それだけに、バーチャルな空間が新たな教育の場として定着していかなければいけないとすれば、受講人数も然り、あるいは進め方も然りで、観るだけでお墨付きをもらおうとする受講者をいかに参加を促すかが、ウエビナーそして現代の人間社会の課題とさえ言えます。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【イスラム金融の基礎知識】第558回 フィリピンのイスラム銀行業、CIMBなどが参入検討

第558回 フィリピンのイスラム銀行業、CIMBなどが参入検討

Q: フィリピンのイスラム銀行業の現状は?

A: フィリピンでは今年、イスラム銀行業のライセンスを取得した二つの銀行が、相次いでビジネスを開始したが、これに続く動きがあることが今月になり明らかとなった。

フィリピン中央銀行は12月3日にイスラム金融に関するセミナーを開催、その中でアリファ・アラ副総裁が、二つの銀行がイスラム銀行業のライセンス取得に関心を示していることを明らかにした。正式な申請書が提出されていないため銀行名を明言することはできないとしながらも、一つは国内で業務を行う銀行で、もう一つは海外から新規に参入を検討している銀行だとしている。

副総裁の発言を受けて、マレーシア資本のCIMBバンク・フィリピンのビジェイ・マノラハンCEOがメディアのインタビューに応じ、同銀行が前者の「すでにフィリピンに進出している銀行」であることを明かした。CIMBは従来型銀行やイスラム銀行を傘下にもつ総合金融グループで、東南アジアで積極的にビジネスを展開している。フィリピン国内では、デジタル銀行として従来型銀行業務を行っている。

CEOによれば、ライセンス取得のための書類申請はまだ行っておらず、中央銀行と予備的な協議を行う一方、イスラム銀行ビジネスの可能性について現地調査を実施していることを明らかにした。CEOによれば、フィリピン進出に際しては従来型銀行業を優先している。ただ、ムスリムが多く暮らす南部のミンダナオ島地域にも利用者がいるとしている。CEOは、スマートフォンを通じてサービスにアクセスできるため、南部地域でも顧客が獲得できていることを強調した。

中央銀行側としても、バンサモロ自治地域における銀行口座保有率は8%ほどにとどまっており、この地域を含めフィリピン全体で口座保有率を70%に高めるためにも、ムスリムにとって親和性が高いイスラム銀行ビジネスの普及に期待を寄せた。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【人生の知恵・仕事の知恵】Why do they have to report ?

Why do they have to report ?

★報告を促す方法

先日のマレーシアの研修で、現地の受講者から「部下に報告をしてもらうには、どうすれば良いのか?」といつ質問があって、以下のように答えました。

「一回や二回、報告するようにだけでは効果はありません。毎日、しつこいぐらいに報告をしてほしいと促さないと実行に移してもらえないですよ。とにかく、今日からでも、Report early , Bad news fast をどこか目につくところに張り出すなり、あるいは、今日の研修終了後、すぐに部下に今日の状況について報告をすべきです」とアドバイスをしました。

 

★なぜ、部下が報告をしないのか

一般的に部下が報告をしない理由には次の3つが挙げられます。

  • そのことについて報告をすべきだと知らなかった
  • 報告をしようと思っていたが、報告を躊躇った。
  • 報告の仕方がわからなかった。

特に海外の場合は、1番が多いです。そして、後でなんとかしてくれと泣きつくケースです。いずれにしろ、報告をしなければ、後になっては言い訳にもならない理由です。まずは報告をしつこいぐらいに促し義務と意識させることが肝要です。

 

★報連相は仕事のインフラ

そして、同時に大切なことは、報告をしてくれたことに業務の帰結について当人に明らかにすることです。なぜならば、報連相は仕事の進め方であるという理解を促さないといけないからです。

報告を終えただけで責任を終えたというような発想は、どうしても仕事全体への当事者意識が持てません。報連相は仕事のインフラであり、すでにインストールされていることを自覚させることが大切です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

 

【総点検・マレーシア経済】第510回 マレーシアの2024年第3四半期のGDP成長率は5.3%、通年での5%台の成長がほぼ確実に

第510回:マレーシアの2024年第3四半期のGDP成長率は5.3%、通年での5%台の成長がほぼ確実に

11月15日、バンク・ネガラはマレーシアの2024年第3四半期のGDP成長率を前年同期比5.3%増と発表しました。これで第1四半期からの推移は4.2%、5.9%、5.3%で、第3四半期までの合計で前年同期比5.2%増となっています。第4四半期のGDPが前年同期比4.3%増を下回らなければ、通年では5%成長が達成されます。

月別のGDP成長率を見ると、7月が7.4%増、8月が4.7%増、9月が4.0%と減速してきており、やや心配です。ただ、11月19日に発表されたマレーシアの10月の輸出額は前年同月比1.6%増で、不調だった9月の0.3%減からやや持ち直しています。目立つのは米国向け輸出で、10月は32.4%増でシンガポールを上回って国別で首位に立っています。輸出の中心である電子・電機産業の輸出も9月の1.2%減から10月は7.6%と回復しており、ずるずると悪くなるようには見えません。今後は、トランプ関税を見越した輸出の前倒しも考えられます。

産業別に見るとサービス業は第2四半期の5.9%増から5.2%増へと減速する一方、製造業は4.7%増から5.6%増に上向いています。目立つのは建設業で、第2四半期の17.3%増に続いて第3四半期も19.9%増と好調が続いています。

支出項目別では民間消費が第2四半期の6.0%増から4.8%増に減速する一方で、粗固定資本形成が11.5%増から15.3%増に加速しています。

これまで、マレーシア経済は長く民間消費が牽引する構造が続いていましたが、ここにきて、民間投資や建設部門が経済を牽引するという、1990年代を彷彿させる状態になっています。

図はマレーシアの四半期GDP、民間消費および民間投資の推移を示したものです。民間消費・民間投資は2019年第1四半期を100とした場合の水準を示しています。民間消費(青線)については、2020年第2四半期を底に順調に回復し、2023年の段階でコロナ禍前を上回っていることが分かります。一方で、民間投資(橙線)については2021年第4四半期を底としながらも回復が鈍く、ようやく2024年になってコロナ禍前に並んだところです。

トランプ政権下で2025年は輸出の先行きが怪しくなる可能性があり、マレーシアの景気が好調に推移するためには、これまで経済を引っ張ってきた民間消費に加えて、民間投資の好調さが続くことが重要になってきます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第888回:やりがい搾取(3)内発的動機づけの限界

第888回:やりがい搾取(3)内発的動機づけの限界

前回は、忠実な人や寛大な人がやりがい搾取の標的になりやすいというお話でした。

やりがい搾取の理論は、古典的な心理学理論である「内発的動機づけ」の否定的な側面を強調しています。内発的動機づけの理論は、お金などの外発的動機づけだけでは従業員のパフォーマンスを引き出すには不十分であるという前提で、人的資源管理論に取り入れられました。この理論の魅力は、報酬によって提供されるものを超えた努力を引き出すことです。ちなみに、従業員から内発的なモチベーションを引き出す方法の一つに、「変革的リーダーシップ」の理論があり、これは従業員の意識を高め、指示された仕事を超えたパフォーマンスを引き出すことを目的としています。少し大胆に言うと、内発的動機づけや変革的リーダーシップの理論は、経営者の視点に立った肯定的な見方であり、やりがい搾取の理論は、従業員の視点に立った否定的な見方です。どちらも、努力と報酬の差(effort-reward imbalance, ERI)を見ていることに変わりはありません。

しかし、近年では、経営の観点からも、内発的動機づけに対する慎重な見方をする研究が出現しています。その中には、「内発的動機付けの道徳化」についての懸念があります。この議論は、自分の好きなことをするという規範的な圧力が、人々が自分自身や他人にとって満足のいく仕事を追求することを奨励する一方、面白くない仕事を無視することにつながる可能性を主張しています。さらに、「道徳化」の起きた職場では、動機づけられていないように見える人々や、異なるタイプの動機を持つ人々に対する差別的な態度が引き出され、そのことで組織内の全体的な結束に影響が及ぶ可能性があります。この「道徳化」理論と一致して、他の研究者は、仕事への熱意が自信過剰と協力の欠如に簡単に結びつくことを発見しました。

したがって、内発的動機づけは万能薬ではありません。また、上記の議論を考慮すると、内発的な動機を持つ従業員もまた、ERIや情熱搾取の被害者であるケースも少なくないでしょう。内発的なモチベーションが長く続いていると疲れ果て、ある日突然、仕事を辞めたり、心身の不調を訴えたり、チームワークを乱すような行動をとったりと、ネガティブな行動をとることがあるかもしれません。同様に、自分は本質的に動機づけられていると信じていた忠実な従業員は、いつの日かやりがい搾取の標的になっていたことに気がつくかもしれません。だとすると、ERIややりがい搾取と内発的動機づけとの境界は曖昧であり、既存の経営学や心理学が、まだ世の中のビジネスパーソンの期待に応えきれていないことを示しています。

 

Kokubun, K. (2024). Effort–Reward Imbalance and Passion Exploitation: A Narrative Review and a New Perspective. World, 5(4), 1235-1247. https://doi.org/10.3390/world5040063

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第557回 グリーンピースからみたイスラム金融

第557回 グリーンピースからみたイスラム金融

Q: グリーンピースはイスラム金融をどう評価していますか?

A: グリーンピースといえば、国際的な環境保護団体であり、特定の宗教・宗派、イデオロギーに依拠せず環境保全の活動を行うNGOとして、世界的に知られている。そのグリーンピースは、イスラム金融についてどのような考え方をもっているのだろうか。11月に更新された同団体のウェブサイトに、イスラム金融についての認識を示す興味深いエッセーが掲載された。

「イスラム金融:気候変動対策のための強力な解決策」と題するエッセーでは、まずイスラム諸国における環境問題、特に水に関する問題を指摘する。すなわち、パキスタンにおける洪水、インドネシアにおける海面上昇による沿岸部の村落水没、中東・北アフリカでの干ばつ・水不足である。また、気候変動は食の安全保障の問題を生み出し、宗教実践をゆがめている。例えばソマリアでは、食糧不足がラマダン月の断食の適切な実践を妨げているとしている。

これらの課題に取り組むことができる存在として、グリーンピースはイスラム金融を挙げた。イスラム金融には、公正さ、社会的責任、環境保護を推進するイスラムの教義があり、これに基づいて金融ビジネスを展開している。その成功例の一つが、マレーシアにおけるグリーン・スクーク・インシアティブ(環境保護に取り組む企業を優先して社債を発行する取り組み)だとしている。また、2027年には世界のイスラム金融の資産残高が6.7兆米ドルに達するため、そのうち5%でも振り向けることができれば、2030年までに4,000億米ドルを環境問題への解決に向けて費やすことができるだろうと期待を寄せている。

グリーンピースは、イスラム金融を倫理的原則と地域社会への責任に根ざしている存在だととらえた上で、その独自の活動を通じて環境問題に成果を出すことに期待しているといえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【総点検・マレーシア経済】第509回 第2次トランプ政権の関税政策がマレーシアに与える影響は?

第509回 第2次トランプ政権の関税政策がマレーシアに与える影響は?

2024年11月の米大統領選挙において、ドナルド・トランプ前大統領が再選を決めました。トランプ次期大統領は、中国製品に対する60%~100%の関税と、その他の国々に対する10%~20%の関税を導入することを掲げています。

マレーシア経済は、2018年から始まった米中貿易戦争の「漁夫の利」を大きく受けた国の一つとされており、実際、近年は米中両国からマレーシアへの大型の投資が相次ぎ、米国向けの輸出は今年8月にシンガポール、中国を上回って国別の輸出先として首位に立ちました。これは、2007年12月以来、実に16年8カ月ぶりのことです。

こうなると、気になるのは第2次トランプ政権の関税政策がマレーシア経済に与える影響です。トランプ次期大統領は文書として公約には掲げていないものの、インタビュー等で中国製品に対して60%~100%の関税を課すことに加え、その他の国々に対しても10%~20%の関税を課すと繰り返し発言しています。

筆者の所属するアジア経済研究所の経済地理シミュレーション(IDE-GSM)チームでは、今年4月に米国が対中関税60%、その他の国に10%の関税を課す場合の国別・産業別の影響の試算を行い、11月には対中関税60%、その他の国に20%の関税が課される場合の試算を行いました。どちらのケースでも中国経済への影響はマイナス0.9%と変わらない一方で、米国経済への影響は10%関税ではマイナス1.9%、20%関税ではマイナス2.7%と、高い関税率を他国に課すほど、自国経済への影響のマイナス幅が大きくなることが示されています。

この2つのケースにおけるマレーシア経済への影響を産業別に示したものが図になります。マレーシアを含む全世界への関税が10%の場合(緑棒)、マレーシアではその他製造業(0.8%増)、食品加工業(0.7%増)、農林水産業(0.2%増)などプラスの影響を受ける産業が多く、GDP全体では0.2%増となります。これは、中国への60%関税の「漁夫の利」がマレーシアへの10%の関税のマイナスを全体としては上回っているためです。

一方で、マレーシアを含む全世界への関税が20%の場合(橙棒)、食品加工業(0.6%増)、その他製造業(0.5%増)、自動車産業(0.3%増)などはプラスの影響を受ける一方で、マレーシアの輸出の中心である電子・電機産業への影響はマイナス1.4%とかなり大きくなります。結果、GDP全体への影響はマイナス0.01%とわずかではありますがマイナスとなっています。

これらはあくまでも試算ですが、第2次トランプ政権の関税政策がマレーシア経済に正負どちらの影響を与えるかは関税率次第で、現在のところは見通せないということになります。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第556回 マレーシアの2025年国家予算

第556回 マレーシアの2025年国家予算

Q: アンワル首相兼財務相が2025年予算を発表しましたが、イスラム金融は?

A: マレーシアのアンワル首相兼財務相は10月18日、2025年の国家予算を議会に提出した。2024年比で3.3%増の4,210億リンギ(約14.7兆円)の規模となった。議会での演説では、予算の意図や使用目的・金額などを示したが、この中にはイスラム金融やハラール産業などイスラム経済に関する事柄も言及された。演説の要点をみていきたい。

まず冒頭でコーラン2章22節と、13-14世紀に活躍したスンニ派シャーフィイー学派のコーラン注釈家カーディ・バイダーウィの解釈を引用し、豊かな自然の恵みを公平・公正に管理し持続可能なエコシステムを育成するためにも、政治が重要であると説いた。

イスラムに導かれる政治と経済というアンワルらしい演説は、さらに米の調査会社ディナール・スタンダード社によるイスラム経済指標で、マレーシアが10年連続で1位になったと指摘した。ただ宗教・生命・知性・家族と子孫・財産の保護というイスラム法が目指すマカーシド・シャリーアの原則に立てば、イスラム金融にはまだ改善の余地があるとした。そこで具体的な方策として、①イスラム金融機関・個人投資家と借り手企業を取り結ぶマッチング・ファンドに1億リンギ、②低所得の零細企業家を支援するi-Tekadに2,000万リンギ、③P2Pによる資金調達を可能にするクラウド・ファンディングなどに4,000万リンギ、などに予算を割り当てることを明らかにした。

またハラール産業振興のため、ハラール認証を行うJAKIMの審査官を100名増員することや、政府系金融機関のSME銀行とマレーシア開発銀行による中小企業向け融資を6億リンギ強化することも打ち出した。イスラム金融とハラール産業というイスラムに強いマレーシア経済をさらに後押しするための予算編成と言えよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。