【従業員の勤労意欲を高めるために】第887回:搾取の標的になりやすい人

第887回:やりがい搾取(2)搾取の標的になりやすい人

前回は、「努力と報酬の不均衡(effort-reward imbalance, ERI)」の議論を紹介して、努力にふさわしい報酬が得られないと様々な問題が発生することを述べました。努力と報酬の不均衡は、「やりがい搾取(passion exploitation)」という別の概念で議論されています。やりがい搾取とは、雇用主が従業員に、不当に長時間かつ低賃金で働かせることで、従業員のやりがいを搾取する慣行を指します。今日、このような慣行に従事する企業は「ブラック企業」と呼ばれ、日本を含む儒教社会の特徴である集団主義や同調圧力との関連で議論されることがあります。しかし、同様の慣行は世界中で見られ、たとえば、ある研究は、米国の情報技術(IT)ベンチャーが家族のような雰囲気を作り出し、従順な従業員を飼い慣らし、搾取する実態について証拠を示しています。

さらに、このような慣行はすべての労働者を同じ程度にターゲットにしているわけではないことが明らかになっています。これまでの研究では、物語の登場人物に共感できる度合いを実験的に測定することで、忠実な人や寛大な人が搾取の標的になりやすいことが示されています。興味深いことに、これらの研究は、搾取される労働者の多くが、搾取を強いられているからではなく、搾取されることを半ば望んでいるために、搾取されていることを描いています。たとえば、上司は忠実な部下をターゲットにして、本来の役割を超えた仕事を与えますが、ターゲットとなった部下は、そのような余分な仕事を引き受けることが美徳であると信じ、忠実であるという評判を得るために進んで余分な仕事を引き受けます。

このように、やりがい搾取は、たとえそれが悪循環を伴っても、組織と従業員の両方の同意を得て成立します。最近のメタアナリシスの結果によると、人々は、情熱的な労働者が劣悪な待遇(職務内容に関係のない屈辱的な仕事や無給残業など)を受け入れることを当然と見做す傾向があることも示されています。これは主に、情熱的な労働者にとっては仕事自体が報酬であるという信念に基づいています。裏を返せば、やりがいは、労働者に対する劣悪で搾取的な待遇の受け入れにつながる可能性があります。

筆者が日系現地法人で従業員にアンケート調査を行うと、時々、「日本人の上司は頼み易い人に仕事を頼むので、特定の人に仕事が集中する」という不満の声が返ってきます。これも、一種のやりがい搾取といえます。不慣れな異文化環境で日本人駐在員の気持ちを察して、進んで手助けしてくれる現地人材の存在は有難いものです。しかし、有難いで済ませると、職場のモラルが崩壊して、やがて前回述べたように様々な問題が発生する可能性があります。

 

Kokubun, K. (2024). Effort-reward imbalance and passion exploitation: A narrative review and a new perspective. Preprints 2024, 2024090721. https://doi.org/10.20944/preprints202409.0721.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第508回 2025年予算のポイント(2)

第508回 2025年予算のポイント(2)

10月18日、マレーシア政府の2025年予算が下院に上程されました。筆者の印象としては、長年続いてきた成長の成果を国民に還元することを強調する予算から、財政再建と経済成長に重点を置いた予算へと転換したように見えます。

マレーシアの税収の対GDP比は12.6%と、タイ(16.1%)、フィリピン(14.1%)、シンガポール(13.7%)に比べて依然低い水準にあると指摘されています。本来は、GSTを導入して財政基盤を強化したいところですが、事実上アンワル政権下では導入しないことを首相が公言しています(本連載507回参照)。そのため、財政基盤強化の代替策として、2025年予算では売上・サービス税の対象拡大や、高額配当所得に対する2%の課税を導入するなどして、税収の拡大を図ることになっています。

2025年の歳入予測は、前年度から5.5%増加し3,400億リンギに達すると見込まれています。うち、税収は2,590億リンギで前年比7.5%増加、法人税が8.1%、個人所得税が7.8%増加する一方で、課税対象を拡大する売上・サービス税は14.2%の増加を見込んでいます。

歳出削減については、アンワル政権発足時からのキーワードとなっている「ターゲット型補助金(targeted subsidy)」導入が2025年予算でも続きます。2023年には電力料金への補助金改革、2024年にはディーゼル補助金改革を行いました。2025年には、補助金改革の中でも最難関とも言えるガソリン(RON95)補助金の改革が始まります。

RON95の補助金改革は、2025年の半ばから始まる予定になっており、富裕層や外国人がRON95ガソリン補助金の40%を享受しているため、この無駄を省くことで約80億リンギが節約されることが見込まれています。その結果、予算の中の補助金・社会支援支出は2023年の718.7億リンギから2025年は525.7億リンギへと約200億リンギ減少する予定です。これだけで、財政赤字は対GDP比で1.15%減少すると考えられます(図1)。

ただし、RON95の補助金改革は、ディーゼル補助金と異なり、国民のほとんどが関係することになるので、ディーゼル補助金のように特別なカードを発行して割安な購入を可能にするわけにはいきません。

11月6日、ラフィジ経済大臣はRON95の改革について、全国民が補助金なしの価格でガソリンを購入し、対象者には現金を給付することで補填するかたちではなく、対象者と非対象者でガソリン価格を2段階にする制度を導入すると発言しました。国民IDカードであるMyKadを利用するのではないかという見方もありますが、具体策は明らかになっていません。

このように、筆者は2025年予算について、成長戦略や財政再建に重きを置いた手堅い予算であるとの印象を受けました。行政改革や汚職撲滅の推進が盛り込まれていることと合わせて、選挙を意識した国民向けの予算が続いていた近年の状況から、アンワル政権は次の選挙までの期間を国の基盤を整える期間であると位置づけている、という認識を持ちました。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【人生の知恵・仕事の知恵】Quality of word

Quality of word

★管理者の悩み

最近、新しい研修のテーマをクライアントと打ち合わせをしていると、特にローカルスタッフの担当者からは、「難しい部下との接した方を教えて欲しい」という内容が増えました。いわく、「若い世代は、はっきりと物をいうので対応に困る」というものが一般的です。

筆者が具体例をヒアリングすると、必ずしも部下に責任があるとは思えない事例が大半で意地の悪いような表現をすれば、「部下に責任をねじ込ませようとして」しまうあまりに信頼関係が損なわれてしまうという傾向が伺えました。

 

★希薄化する上下関係

もう一つの原因は、上司も部下も、最近の人との付き合い方は、リアルは限られた気の合う人たちで、SNSなどでは匿名での接点であるため、「リアルの上下関係」における耐性が薄いということも挙げられます。

従って、ネガティブな言葉を平気で投げかける、あるいはそれを受けて傷つきやすい傾向があるとも言えるでしょう。

言ってみれば、組織に入ってはじめて上下関係を学ぶ「上下関係初心者」が多いため、強い言い回しを避ける、あるいは耐えられないケースが多いのだと観察しています。

 

★言葉の重みを知る

上下関係が希薄化することで、言葉の重みも薄まります。自分の投げかける言葉で相手が傷つくことを想像することや、逆に、多少の厳しい表現も、その真意を理解することは、リアルの人間関係を円滑に行うために大切です。

言葉には質感があることを学ばなければいけない時代です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【イスラム金融の基礎知識】第555回「マレーシアのイスラム金融の父」が死去

第555回「マレーシアのイスラム金融の父」が死去

Q: アブドゥル・ハリム・イスマイル氏の業績は?

A: マレーシアの主要メディアが報じたところによると10月26日にバンク・イスラム・マレーシアの元社長(MD)のアブドゥル・ハリム・イスマイル氏が亡くなった。85歳だった。一部のメディアでは「マレーシアのイスラム金融の父・開拓者」と呼んでその業績を称え、その死を悼んである。

バンク・イスラムやゆかりの財団によると、アブドゥル・ハリム氏は1939年にケダ州で生まれた。1965年にマラヤ大学で経済学の学士号を取得、イギリスのオックスフォード大学では博士号を取得した。マレーシア国民大学(UKM)で教鞭をとった後、ブミプトラ銀行(後のCIMB銀行)チーフ・エコノミストに転身した。そして1983年、新設されたマレーシア最初のイスラム銀行であるバンク・イスラムの初代社長に就任した。イスラム銀行業の実務経験はなかったものの、彼がマラヤ大学で学んでいた時期は、タブン・ハッジの理論提唱者であるウンク・アブドゥル・アジズ氏が副学長に就く前(1968年就任)であり、在学時に彼からイスラム金融の薫陶を受けていただろうと推察される。

バンク・イスラムの社長に就任すると、同銀行を通じてイスラム銀行業だけでなく、イスラム式の保険会社や証券会社なども創業した。彼は、グループを通じてイスラム銀行産業からイスラム金融産業へと業務を拡大し、国内に根付かせることに尽力した。創業から市場開放までの10年間、バンク・イスラムが市場の先鞭をつける役割を果たし、1992年に社長職を辞した。

こうした業績が認められ、アブドゥル・ハリム氏は、マレーシアにおける金融やイスラムに関する様々な賞を受賞した。彼の死去に伴いバンク・イスラムの現CEOは「晩年まで、私たちへのアドバイスをとても熱心に語ってくれた」との思い出をメディアに語った。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第886回:やりがい搾取(1)努力と報酬の不均衡は病気を招く

第886回:やりがい搾取(1)努力と報酬の不均衡は病気を招く

前回までは、高齢者へのICTの普及に向けた課題や可能性についてお話しました。今回からは「やりがい搾取」について書きます。第1回目の今回は、やりがい搾取と関係の深い「努力と報酬の不均衡(effort-reward imbalance, ERI)」について紹介します。読者の皆さんには聞き慣れない言葉かも知れませんが、ERIに関する研究は、今日、ますます活発になっています。

ERIは、高い努力と低い報酬を特徴とする労働条件を指し、仕事のストレスを評価するために使用されます。ERIの概念は、個人が自分の労働を提供し、それに対して報酬が得られることを望む「社会的交換」の考え方に基づいています。ERIモデルによると、個人が仕事に費やす時間と努力は、お金、尊敬、キャリアアップなどの機会で補償されます。個人は、自分が与えるものと引き換えに自分にふさわしいものを受け取らないとストレスを感じます。したがって、ERIは、仕事のモチベーションと満足度を低下させ、組織コミットメントや燃え尽き症候群、欠勤、離職率を高めます。

さらに悪いことに、ERIは個人の身体的または精神的健康に悪影響を与える可能性があります。以前の研究では、ERIが心血管疾患やメタボリックシンドローム、冠状動脈性心臓病、糖尿病、および抑うつ症状のリスクを高めることが示されています。人は、仕事のストレスに長時間さらされると、自律神経が活性化し、コルチゾールの放出が増加するため、メタボリックシンドロームにつながる可能性があります。或いは、いくつかの研究は、ERIが不健康な食事などの生活習慣要因の悪化を通じて、メタボリックシンドロームや他の病気のリスクを高めることを示唆しています。

さらに、ERIのリスクは、すべての労働者にとって平等ではありません。Zhang et al.(2024)は、看護師のERIの発生率が時間の経過とともに徐々に増加していることや、ERIの発生率がアジアで高いこと、さらに、手術室、救急科、小児科、ICUなどの特定部門の看護師の間で高いことを発見しました。これは、これらの部門の看護師の日々の仕事量が多く、また、他の部門の看護師よりも多くの仕事のプレッシャーに耐えているためと考えられます。

努力にふさわしい報酬が得られないと、様々な問題が発生します。皆さんの職場でも注意して見ていくことが大事です。

 

Kokubun, K. (2024). Effort-reward imbalance and passion exploitation: A narrative review and a new perspective. Preprints 2024, 2024090721. https://doi.org/10.20944/preprints202409.0721.v1

Zhang, Y., Lei, S., & Yang, F. (2024). Incidence of effort-reward imbalance among nurses: a systematic review and meta-analysis. Frontiers in Psychology, 15, 1425445. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2024.1425445

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第507回 2025年予算のポイント(1)

第507回 2025年予算のポイント(1)

10月18日、マレーシア政府の2025年予算が下院に上程されました。これは、アンワル政権になってから3度目の予算となりますが、初年度の予算は政権交代直前に作成されたものを政権交代後のわずかな時間で改訂したため、実質的には2度目の予算となります。アンワル首相の予算演説は約2時間半と昨年同様の長さでした。

予算の内容とは少し異なるポイントとして、予算説明に入る前に冒頭10分以上を使って予算の「精神」についてアンワル首相が語った点が挙げられます。ムハンマドやアリストテレスの言葉を引用して、望ましい予算とはどのようなものかを語りました。その中では、先日ノーベル経済学賞を受賞したアセモグルらについても触れ、国家の成功には制度が重要である点を述べています。また、自身が各所への視察で得た逸話を盛り込み、予算が現場のニーズに基づいていることを強調しています。

予算のポイントはいくつかありますが、基調としては財政健全化に向けた取り組みをアピールした「地味」な予算であったという印象を筆者は受けました。また、2024年予算ではサービス税の8%への引き上げを発表する一方で、それによる税収増が政府の財政見通しの文書に反映されていなかったり、事前に言及されていた漸進的賃金制度について予算演説でも文書でも全く触れられていなかったりと、ちぐはぐな点が目立ちました。今年度の予算は、それに比べると落ち着いたものとなっています。

財政健全化については、2022年時点でGDP比5.5%であった単年度の財政赤字は、2025年には3.8%にまで縮小すると見込まれています(図参照)。2027~29年までに3.0%まで削減することが目標とされていますが、これまでの推移を見る限り、十分に達成可能であるとみることができます。

さらに、この財政再建に関連して、予算演説に先立つ10月13日、アンワル首相はGSTの導入に前向きなマレーシア華僑商工会議所(ACCCIM)でのスピーチで、「最低賃金が3,000〜4,000リンギになるまで、GSTの導入は考えない」と明言しています。2024年の予算文書の中ではGSTの導入に前向きと取れる記述もありましたが、今回の首相の発言で、アンワル政権が続く限り、少なくとも今後10年はGSTを導入しないことが明確になりました。

これまでの方向性からみると、国民の反発を招く可能性があるGSTを再導入しなくても、補助金の削減とサービス税や他の税の見直し、経済成長によって財政健全化は達成できるとアンワル政権は考えているようです。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【人生の知恵・仕事の知恵】Rebuild relationship

Rebuild relationship

★現場指導のあり方

先日、ある会社で現場指導についての話題になりました。

第一線監督者が現場のオペレーターを強く怒るため萎縮するということから、どう指導したら良いかという議論です。

筆者がその場でヒアリングしたいくつかの事例に基づくと、監督者とオペレーターの信頼関係に問題があると伺えました。

そのためにいくつかの解決策の提案をしたのですが、結論からするとどうやらもっと手前に問題があると判明しました。

 

★劣化するヒューマンスキル

スマホを手放せない現代人は、リアルのコミュニケーションとのバランスを考えないといけません。それは工場における人材管理も同様です。

意識的な社員への声かけはどんな時代でも必要ですが、スマホをかたときでも離せない現代人には難題です。結局、お互い話せないまま、スマホの画面に目が映ります。

同じことは工場の現場でも起きています。もちろん、現場内で作業中はスマホ禁止ですが、リアルなチャットに馴れていないため、お互いの簡単な会話さえも脇に追いやられてしまいます。

そのため、問題が起きると、相手のリアルな感情を顧みず、怒鳴ったり傷つく言葉を投げかけたりするのです。

 

★挨拶から再スタート

そう考えますと、まずは挨拶からやり直すことが現場での人間関係でも大切だと思います。

スマホ脳を休止させ、直接会話脳を刺激するためには、挨拶の5原則(笑顔で相手の目を見て、大きな声で、相手の名前を呼んで、自分から声をかける)を励行し、会話のキャッチボールから慣れていくことが肝要です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【従業員の勤労意欲を高めるために】第885回:高齢化社会との向き合い方(12)学びたければ、人に教えよう

第885回:高齢化社会との向き合い方(12)学びたければ、人に教えよう

前回は、高齢者へのICTの普及に向けて、習得した知識を他人に教えることによる自己効力感を活用することを提案しました。

他人に教えることは、それ自体、教える側の学習効果を高める可能性があります。認知科学者は、人々が情報を理解し、それを他の人が理解できるようにしなければならない状況に置かれたときに学習が強化されることを主張しています。

例えば、Nestojkoら(2014)による実験では、56人の大学生が無作為に2つのグループに分けられ、あるテキストを読んで暗記するように求められました。実験に先立ち、2つのグループは、テストが近づいているかのように勉強するか(グループ1)、他の生徒に教えるかのように勉強するか(グループ2)のどちらかの指示を受けました。実験の結果、グループ2はグループ1よりも正確に内容を記憶することができました。

この論文の著者は、結果の違いが、人々が他人に教えなければならないと思うときに、自然に物事を要約しようとするために生じたものかもしれないと考察しています。同様の結果は、124人の大学生の参加者を対象としたKohら(2018)の研究でも示されました。著者らは、以前に記憶した情報を他の人が理解できる形で思い出すことが記憶を強化するのに役立つ可能性があると主張しています。

このように、高齢者が高齢者を教えるという循環の確立は、費用対効果に優れるだけでなく、学習効果の点でも高い成果をあげる可能性があります。

 

Koh, A. W. L., Lee, S. C., & Lim, S. W. H. (2018). The learning benefits of teaching: A retrieval practice hypothesis. Applied Cognitive Psychology, 32(3), 401-410. https://doi.org/10.1002/acp.3410

Nestojko, J. F., Bui, D. C., Kornell, N., & Bjork, E. L. (2014). Expecting to teach enhances learning and organization of knowledge in free recall of text passages. Memory & Cognition, 42, 1038-1048. https://doi.org/10.3758/s13421-014-0416-z

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
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【イスラム金融の基礎知識】第554回メイバンク、比でイスラム銀行業務拡大を目指す

メイバンク、比でイスラム銀行業務拡大を目指す

Q: フィリピンで業務を開始したメイバンクのイスラム銀行部門の現状は?

A: 前回は、マレーシア資本のメインバンクが8月にフィリピンでイスラム銀行業務を開始したことを紹介したが、その後の状況と今後の計画が同国のメディアを通じて明らかになった。

メインバンクは今年7月、フィリピンでイスラム銀行部門(IBU)を設置して預金や融資などイスラム金融商品を取り扱えるライセンスを、中央銀行から取得した。これを受けて8月にザンボアンガの支店内に初のイスラム窓口を設けた。このことからおよそ2カ月が経過したが、同銀行幹部がフィリピンのメディアに語ったところによると、開設以来すでにおよそ2,000万ペソ(約5,000万円)の預金を集めた。これは、同銀行が掲げていた2024年末の預金残高1,500万ペソという当初の目標を、すでに上回っていることを意味しているという。

また、このザンボアンガでの経験をふまえて、さらにイスラム窓口を増やす計画を明らかにした。それによると、まず今年中にイスラム窓口を持つ支店を7カ所に増やす計画を立てており、特にセブ、ダバオ、マニラ首都圏にある各支店がその対象だとしている。そして最終的には、現在国内60ほどの支店網をさらに拡大して、全ての州(81州)にイスラム窓口を設けたいとしている。

幹部によれば、この目標を達成するにはシステム上の問題だけではなく、従業員教育が重要だとしている。現在、イスラム銀行商品の販売やサービス方法についての知識の向上のための教育を、従業員に対して行っているところであるとしている。

イスラム銀行業務について、幹部によればイスラム銀行部門の売上は、2025年の収益予測に織り込むには時期尚早としていたが、現在の状況では銀行の収益への貢献が早まるだろうという期待を示した。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【人生の知恵・仕事の知恵】Dealing with shortage of manpower

Dealing with shortage of manpower

★高齢化する出向者候補

最近、各国で新出向者の方々とお会いすると、ほとんどが、筆者(58)と同じ年齢か、もしくは前後5歳です。それだけではなく、それらの大半の方々は海外を渡り歩いた方々ばかりです。

筆者が初めて海外に出向したのは28歳の時、そして責任者として再出向したのは32歳の時でした。

海外を飛び歩いた「黄金の30代」は、自らの大躍進の時期でした。従って、同じように30代の日本人にそういう経験をさせてあげたいと思うのですが、肝心の同年代の出向者候補が少ないというのが多くの企業の現実です。

そして、そのことは同時に日本企業の中間層の縮小を意味しています。

★就職氷河期と派遣法の歪み

来年から筆者の同世代となるバブル前後社員の大量退職が始まります。その結果として明らかになるのは、海外に出向させ経験を積ませたくなるような先述した中間層の不在であり、その原因としての90年代の就職氷河期そしてその後に始まった派遣法によるツケということでしょう。

実際、どの会社に出かけても30代、40代の社員が非常に少ないことを実感するだけではなく、彼ら彼女らの年代からは1社2社の転職経験は常態化しており、むしろ会社にずっと止まっている当該年代の方々は、全員とは断定しないまでも安定志向が強く、海外出向によるポスト喪失を忌避する傾向が強いという印象を受けます。

★人材不足による企業力低下を防ぐために

企業は人なりです。海外現地法人も同様で、現地法人責任者層の能力に負うところが大であることはいうまでもありませんし、大半の日系企業は日本人次第であるというのが現実です。

しかし、これからの日本企業の海外展開は、上述の理由から出向人材の選択肢がさらに狭まるを得ませんし、「行きたくないのに行かされた」「出したくないけど出した」という人材ばかりになることで、活力のない組織になるように想像されます。

日本人を絶対に出向させなければならないという発想も、相応の歴史を重ねてきた現地法人にはそろそろ不要ではないかと思いますし、必ず任期で交代させる必要もないでしょう。総合的な企業力を失わないための柔軟な海外での人材マネジメントが求められる時代です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)