【従業員の勤労意欲を高めるために】第902回:中小企業の両利き経営(5)両利きと、長期的・地球的視点

第902回:中小企業の両利き経営(5)両利きと、長期的・地球的視点

前回は、中小企業の多くが深化を好むというお話でした。しかし、特定の技術に依存し、深化に特化することは、イノベーションと研究開発が牽引する産業において、時代の変化への対応を困難にし、競争優位性を低下させる可能性があります。今日、産業構造の転換により、ニーズの細分化、複雑化、予測不可能性が高まる中、中小企業にとって、下請け構造からの脱却や、既存のネットワークにとどまらない幅広い情報源の活用、技術シーズを機動的に新規事業に繋げるイノベーション活動がますます重要になっています。さらに、コロナ禍を契機としたICT化の波や、持続可能な開発目標(SDGs)を契機とした地球環境意識の高まりは、企業経営者に変化を迫り、従来のやり方に固執することのリスクを高めています。さらに、リスク分散、すなわちポートフォリオ投資の観点からは、国内で多くのイノベーション活動が展開されることが必要です。言い換えれば、両利きであることが一企業の短期的な売上に直接つながらないとしても、国全体、あるいは世界規模で取り組むことが合理的な場合があると考えられます。

さらに、両利きであることは中小企業にとって短期的には有益とは考えられないとしても、長期的には有益となる場合があります。深化と探索を組み合わせることで、中小企業は既成概念にとらわれず、短期的ではなく長期的な視点でイノベーションを起こし、最終的にプラスの結果を生み出す可能性があります。これは、両利きであることが、深化と探索という相反する要求を統合する上で重要な役割を果たすためです。両利きの中小企業は、斬新なアイデア、製品、プロセスを開発する能力を失うことなく、深化と探索を管理し、効率性を向上させる能力を持っています。

こうした中小企業は、財務構造に関する重要な意思決定を迅速かつ柔軟に行うことができます。例えば、国際化を通じて新たな市場を開拓したり、新製品や新ブランドを立ち上げたりすることができます。したがって、中小企業が両利きを達成できる方法を見つけることは、中小企業の回復力を高め、マクロ的または長期的な視点から、中小企業、国、そして世界が納得できる解決策に到達するために役立つ可能性があります。そこで、次回からは、中小企業が両利きを達成するための条件について検討します。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第523回  7月1日より売上・サービス税の課税品目拡大、紆余曲折を振り返る

第523回:7月1日より売上・サービス税の課税品目拡大、紆余曲折を振り返る

 

7月1日より売上税(Sales Tax)とサービス税(Service Tax)、いわゆるSSTの課税品目の拡大が行われます。これは、昨年秋の2025年予算の段階で予告されており、また当初5月1日より導入される予定が、業界の反対に実施が延期されていたものです。

 

マレーシアの税制は過去10年間で大きく変遷してきました。2015年4月にナジブ政権がSSTに代わって6%の物品・サービス税(GST)を導入しましたが、これが物価上昇への国民の不満を招きました。2018年、マハティール政権はGST廃止を公約に掲げて勝利し、同年9月にSSTを復活させました。この政策転換により、非課税品目が5,443品目に拡大され、国民負担は軽減されたものの、政府は年間220億リンギという大幅な減収に直面しました。

 

その後、財政再建への要請からGSTを復活させる提言が各所から出され、2024年の予算文書には「SSTよりGSTが優れている」という記事が掲載されたこともありました。しかし、アンワル首相は最低賃金が3000〜4000リンギになるまで、つまり、おそらくはあと10年程度はGSTを復活させることはないと明言しています。

 

そうはいっても財政は苦しいわけで、代替案としてSSTの税率引き上げ・課税対象品目の拡大が行われてきています。2024年にはサービス税が6%から8%に引き上げられました。ただ、飲食や通信、物流サービスなどの税率は6%のままとなっていました。

 

今回のSSTの課税品目拡大は図のようなものです。売上税は一部の「任意購入・非必需品(discretionary and non-essential goods)」について5%、10%の税率で新規に課税が行われ、サービス税については6つの新分野について新たに課税が行われることになりました。

2025年予算を読み返すと、売上税は194億リンギ(24年)→208億リンギ(25年)に、サービス税は215億リンギから260億リンギへの増収が見込まれています。売上税分が14億リンギ、サービス税分が45億リンギの増収見込みなので、サービス税の引き上げの方が3倍程度影響が大きいことが想定されています。

 

こうした方向性は、アンワル首相が就任当初から繰り返している「選択的補助金(Targeted Subsidy)」政策と整合的です。要するに、所得上位階層には補助金を与えず、逆に所得上位階層から税金を取る、ということになります。図にあるように、マレーシアが国として振興している教育サービスや外国人向けの民間医療についても増税となるため、産業政策的にはマイナスになりますが、そうであっても財政再建が重要、というスタンスであると捉えることができます。

 

世界経済が不安定で原油価格も軟調な中、2027年後半には総選挙が見込まれるため、アンワル政権は早いうちに補助金改革と税制改革を済ませたいと考えているはずです。それらが2025年で打ち止めになるのか、26年も続くのかは景気次第ともいえるでしょう。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第570回 アンワル首相、タタールスタン訪問でイスラム金融を議論

第570回 アンワル首相、タタールスタン訪問でイスラム金融を議論

Q: アンワル首相の訪露の目的は?

A: アンワル・イブラヒム首相は、5月に4日間の日程でロシアを訪れた。この間、タタールスタン共和国で開催された国際フォーラムに参加し、イスラム金融やハラル産業などの分野での支援を表明した。

タタールスタンは、ロシア連邦を構成する国の一つで、人口およそ400万人のうち半数がムスリムである。2023年にロシアがイスラム金融制度を試験的に導入した四つの共和国の一つであり、ハラル産業のための16ヘクタールの工業団地「バルタチ」を2019年に建設するなど、この分野に力を入れている。

首都カザンでは、毎年「カザン・フォーラム」と題する展示会・講演会を開催している。これは、ロシアとイスラム諸国の経済連携の強化を目指して開催されるもので、今年で16回目の開催となった。マレーシアは、これまで閣僚級の人物を団長とする使節団が参加しており(本連載第446回参照)、今年はアンワル首相自らが一団を率いて現地入りした。フォーラムで講演を行ったアンワル首相は、この地域のイスラム経済の発展をマレーシアとして支援するという従来の約束を履行すると改めて表明した。

また、これに先だってアンワル首相は同国のルスタム・ミニハノフ首長(大統領)と会談を行った。この中でミニハノフ首長は、タタールスタンはイスラム銀行導入の試験対象地域であり、マレーシアから多くのことを学び最適な実践を採用して行きたいと表明した。対してアンワル首相は、イスラム金融やハラル産業について「議論する準備はできている」と答えた。また、タタールスタンには大きな潜在的な可能性があるので、多くの提案を行い協力して経済を発展させる必要がある点で一致した。

ハラル産業以外にも、今年の秋に両国の10代の若者200名による合同青年キャンプをクアラルンプールで開催する予定であるなど、多様な分野での関係構築を進めている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第901回:中小企業の両利き経営(4)深化が好まれる理由

第901回:中小企業の両利き経営(4)深化が好まれる理由

前回は、競争や変化の激しい業界においては、深化よりも探索を戦略の中心に据えることが合理的であることを示しました。

しかしながら、中小企業の多くは深化を好みます。これは、深化には非合理的な側面と合理的な側面の両面があるからです。英国の新興B2Bテクノロジー企業180社を対象とした研究では、主要顧客への依存は、製品開発へのモチベーションを低下させるなど、企業の存続に大きな悪影響を及ぼすことが示されました。しかし、こうしたリスクを乗り越えて生き残った企業では、顧客ポートフォリオの成長にプラスの影響が及ぶという逆説的な結果が示されました(Yli-Renko et al., 2020)。これは、長年にわたって深化を続けることで主要顧客との良好な関係を維持した中小企業は、その評判を利用して新規顧客を獲得できる可能性があることを示唆しています。

一見非合理的に見える深化をなぜ中小企業が続けるのかを考える上で、この研究は大きな示唆を与えてくれます。例えば、日本では大企業と中小企業が系列システムを形成しており、中小企業は既存のサプライチェーンの中で大企業が求める仕様の製品・部品を迅速かつ正確に供給するために、ラディカル・イノベーションよりも、プロセス・イノベーションやインクリメンタル・イノベーションに取り組むことが期待されてきました。このような環境下では、新たな情報ネットワークを必要とする探索よりも、既存の情報ネットワークを活用した深化が企業業績に大きく影響します。したがって、このような状況下では、既存顧客への満足が最も合理的な生存戦略であるため、探索を行わない中小企業をイノベーティブではないと批判することはあまり建設的ではない可能性があります。

そうはいっても、時代は大企業への依存から脱することを中小企業に求めています。中小企業の取るべき戦略はどのようなものでしょうか。次回に続きます。

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

Yli-Renko, H., Denoo, L., & Janakiraman, R. (2020). A knowledge-based view of managing dependence on a key customer: Survival and growth outcomes for young firms. Journal of Business Venturing, 35(6), 106045. https://doi.org/10.1016/j.jbusvent.2020.106045

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第522回  マレーシアへの中国からの輸入が急増?

第522回  マレーシアへの中国からの輸入が急増?

5月20日に発表された貿易統計によると、マレーシアの2025年4月の中国からの輸入は前年同月比20.6%増の298億リンギとなり、国別では2位の米国(185億リンギ)に大差を付けて輸入先の1位となっています。5月27日付の日本経済新聞電子版では、「東南ア、中国から輸入2割増——米関税で受け皿に 低価格品、日系企業に脅威」というタイトルで、トランプ関税により対米輸出が困難になった中国から、マレーシアを含めた東南アジアへの輸出が急増している、という記事が掲載されています。

直感的には、最大の輸出先を失った中国企業が安値で東南アジア市場に輸出攻勢を掛けるというシナリオはありうるように思われます。そこで、2025年4月のマレーシアの中国からの輸入をHSコード4桁レベルで整理し、輸出額が前年同月比で増加した上位10品目を示したものが表1となります。

 

4月に中国からの輸入が最も増えた品目はHSコード8471の「コンピュータ・データ処理機器」です。ただ、さらにHSコード10桁まで調べていくと、輸入が増加しているのはPCではなく、サーバー類であることが分かります。サーバー類の輸入は前年同月比で9倍に増加しています。

 

次に輸入が増えているのはHSコード8517「電話機・通信機器」です。これもより詳しく見ていくと、最も増えているのはルーターなどのネットワーク機器で前年同月比2.9倍、続いてスマートフォンで前年同月比34%増となっています。3番目に増えているのはHSコード8703「乗用車」で、細かくみていくとEVが前年同月比3倍増となっています。4位以下は、ほぼ全てが工作機械や電子部品などで、消費者向けの商品はありません。

 

このように見てくると、4月の段階でマレーシア向けの輸出が増えているもののうち、消費者向けの商品といえるのはEVとスマートフォンですが、その貢献分はそれほど大きくありません。むしろ、大幅に増えているのはサーバーやルーター、産業機械、電子部品などで、これは「米国市場の失った中国の消費財が東南アジアに流れ込む」というストーリーとは合致しません。

 

トランプ関税が二転三転している上に、その影響は時間差を持って出てくるので、あくまで4月時点では、という但し書きが付きますが、中国からマレーシアに輸出が急増しているのは主にデータセンター関連と工作機械、電子部品で、昨今のデータセンターブームと「迂回生産」が原因であると見ることが出来ます。ちなみに、4月のマレーシアの米国からの輸入は前年同月比111.8%増というとんでもないことになっており、これはやはりサーバー類の輸入が前年同月比で約600倍(!)になった影響です。米国からAI半導体の輸出に制約がかかる前に輸入しておこう、ということなのかもしれません。マレーシアのデータセンターブームは、貿易統計に大きな影響を与えるレベルになっており、ちょっと過熱しすぎでは、と心配に思うぐらいになっています。

 

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第569回 マレーシアのイスラム銀行、金融各誌が表彰

第569回 マレーシアのイスラム銀行、金融各誌が表彰

Q: 金融各誌がイスラム金融の賞を発表しましたが、マレーシアの受賞は?

A: 欧米を中心に英語で発行されている金融専門雑誌2誌が5月にあいついで「ベスト・イスラム金融機関賞」を発表した。様々な部門が設けられているが、マレーシアのイスラム銀行が受賞した部門を紹介したい。

賞を主催したのは1987年発刊のグローバル・ファイナンスと、もう一つは1967年発刊のユーロ・マネーだ。いずれも、融資や預金などの業務別賞と、国・地域ごとの賞を設けている。選考基準はとしてか指標を導入して優劣を競うというよりも、年間の活動内容や動向を判断材料としているようだ。

まずグローバル・ファイナンスでは、メインバンク・イスラミックが業務別で最優秀資産管理賞を。地域別では最優秀アジア賞と最優秀マレーシア賞の両方を獲得した。最優秀資産管理賞の受賞理由は、顧客に対して最新のアプリを使用しての資産管理や資産運用のアドバイスを積極的に行ったことが評価された。地域部門では、同銀行がマレーシアのイスラム金融資産の30%を保有する最大のイスラム銀行であり、総資産は世界でも5番目に大きいこと、マレーシアはもとよりアジア各地にビジネスを拡大しており、特に昨年はフィリピンでのビジネス展開が評価された。

同様にユーロ・マネーでも、メイバンク・イスラミックが最優秀アジア賞を獲得した。こちらも高評価のポイントとして、総資産が大きいこと、マレーシアだけでなくフィリピンをはじめ各国でのビジネス展開が評価された。また同誌は、ESG(環境・社会・ガバナンス)に力を入れているイスラム銀行として、パブリック・イスラム銀行に最優秀ESPマレーシア賞を授けた。グリーン住宅やグリーン・エネルギーの生産・購入・使用に関わる融資を積極的に行ったことで、マレーシア社会でのESGの普及に貢献したことが、受賞の理由だとしている。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【イスラム金融の基礎知識】第568回 比・ダバオ市、イスラム金融普及のためマレーシア領事館と連携

第568回 比・ダバオ市、イスラム金融普及のためマレーシア領事館と連携

Q: ダバオ市でイスラム金融のフォーラムが開催されたようですが?

A: フィリピンでは5月12日に中間選挙が実施された。6年に1度の大統領選挙の中間に行われる各種の選挙の総称で、マルコス大統領派とドゥテルテ前大統領派の対立という構図で選挙戦が展開された。その中で注目されたが、オランダのハーグで身柄を拘束されているドゥテルテ前大統領が、古巣で人口およそ180万人の国内第3の都市、ダバオ市長選挙に立候補、当選を確実なものとしたことだろう。現職で息子のセバスチャン・ドゥテルテ氏も副市長選に当選(市長選挙と副市長選挙は別々に行われる)、国外の父に代わって行政の運営に当たるとみられている。

中間選挙が明けた5月15日、在ダバオ・マレーシア総領事館とダバオ市役所、市イスラム事務局、および地元の複数のイスラム団体が共同で、イスラム金融のフォーラムを開催した。主な出席者は地元企業やムスリム起業家たちで、イスラム金融の基本的な仕組みや融資のあり方などの説明が行われた。

ダバオ市は、ハラル条例を施行するとともにハラル産業評議会、さらには市役所内にイスラム事務局を設置している。いわば、ハラル産業を制度化したフィリピンでも数少ない都市の一つであることを、ダバオ市は標榜している。これは、セバスチャン・ドゥテルテの政策である「ムスリム・コミュニティに平等な経済的機会を与え、これを促進する」という考えに基づくものだ。

出席したガブリエル・ナカン事務局長は、「フォーラム参加者にはダバオ市がハラル産業振興の一環としてイスラム金融を推進していると理解してもらえただろう」と語った。またサーレフ領事は、ダバオ市でイスラム金融が導入されることを受けて、「イスラム金融を経験する機会は近いだろう」と語った。また、こうした取り組みを通じて、ダバオ市がフィリピンにおけるハラル産業の中心となることに期待を示した。

 

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【総点検・マレーシア経済】第521回  3月の対米輸出の激増、何が増えた?

第521回:3月の対米輸出の激増、何が増えた?

 

マレーシアの3月の対米輸出は、前年同期比で50.8%と急増しました。これは、輸出先の上位3ヵ国である中国が1.3%減、シンガポールが9.7%増であるのと比べて突出しており、トランプ関税前の駆け込み輸出が起こったとみるのが妥当でしょう。

表1はマレーシアの3月の対米輸出額上位10品目を見たものです。輸出額がもっとも多いのはCPUなどが含まれる「電子集積回路」で前年同月比85.4%増となっています。輸出額の2位はコンピュータ全般が含まれる「自動データ処理機械」で、前年同期比約12倍と大幅な伸びを示しています。その他の上位品目も軒並み2桁〜3桁の増加を示しており、例外的にローテクの半導体デバイスとプリンターなどが大幅に減少しています。

対米輸出が前年同月比12倍増になっているHSコード8471「自動データ処理機械」の内訳をより詳しく見ると、HSコード8471.50の輸出が前年同期比21倍増になっています。品目名は「自動データ処理機械及びこれを構成するユニット並びに磁気式又は光学式の読取機、符号化したデータを記録媒体に転記する機械及びこのようなデータを処理する機械…」と続く長いものですが、要するにノートPCでもデスクトップPCでもないコンピュータ、という理解が出来ます。サーバーなどはこのカテゴリに入りますが、マレーシアから米国へのサーバーの輸出が激増している、というのは少し違和感があります。

そこで、表2は2025年3月の米国側のデータから、マレーシアからの輸入額上位10品目をみたものです。輸入額の1位はHTSコード(HSコードの米国版)8542「電子集積回路」でマレーシアの1位と同じ、金額もマレーシア側の輸出額に対して1.1倍と整合性があります。ところが、マレーシアから輸出が急増しているHSコード8471については、米国側の輸入では15位で、金額もマレーシア側の輸出額の1/10程度しか計上されていません。輸出入のタイムラグがあるといっても、これでは差が大きすぎます。

考えられるのは輸出入でHSコードが変わっているケースです。疑わしいのは米国側の輸入額3位のHTSコード8473「コンピュータ部品・付属品」で、マレーシア側の輸出額の3.2倍が計上されています。さらに内訳を見ると、HTS8473.30が多くを占め、これはコンピュータ等に利用されるプリント基板(PCB)、ということになります。CPU などが載ったPCBが、マレーシア側ではキーボードや画面のないPCとして分類され、米国側ではPCの部品として分類されてもおかしくはありません。

これで、概ね謎が解けた気がします。2025年3月にマレーシアから米国に輸出が急増したのは、コンピュータ等に利用されるPCBである可能性が高いと考えられます。マレーシアは世界でも有数のPCBの生産・輸出国であり、トランプ関税を目前に、PCをはじめとする様々な電子機器の中核的な部品として利用されるPCBが駆け込みで大量に輸出された、と解釈するのが自然であると考えられます。

熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【従業員の勤労意欲を高めるために】第900回:中小企業の両利き経営(3)変化の激しい環境では探索が好まれる

第900回:中小企業の両利き経営(3)変化の激しい環境では探索が好まれる

 

前回は、両利きが状況依存的であり、両利きが常に最適な戦略であると主張することはもはや不可能であるというお話でした。大企業と比較すると、中小企業は人的資本や財務資本などの適切な調整メカニズムやリソースを欠いていることが多いといわれています。そのため、両利きのイノベーションが持つ潜在的リスクを考慮し、中小企業はしばしば、深化(或いは漸進的イノベーション)と探索(或いは急進的イノベーション)のどちらかを選択しなければなりません。

深化は、一般的に企業の生産性と効率性を向上させます。しかし、深化の成功は企業が制御できる能力、資産、またはリソースの利用可能性に依存するため、企業が持てる技術力と市場力をすべて使用したとしても、深化の成功には限界があります。一方、探索は、急速に変化するビジネス環境において、企業が長期的な視点で変化に適応するのに役立ちます。これは、新しい市場と技術力を継続的に発見することにつながる探索が、企業が独自の知識ベースの再編成や、新製品の開発、ニッチでの競争優位性の獲得などにおいて非常に効果的であるためです。

探索の深化に対する優位性を示す実証研究には一定の蓄積があります。ドイツのエンジニアリング産業の中規模企業150社を対象とした研究では、生き残りのための競争優位性を獲得するために、新しい知識、製品、サービスを生み出す探索を深化よりも優先する必要があることが示されました。この結果は、激しい競争条件のもとで、活発な研究開発、競争力を維持するためのイノベーションを特徴とするドイツのエンジニアリング産業の状況を反映している可能性があります。関連して、英国の若いBtoBテクノロジー企業180社を対象とした研究では、主要顧客への依存は、製品開発意欲を減退させるなど、企業の存続に大きなマイナスの影響を与えることが示されました。同様に、競争が激しいことで知られるスペインのアグリビジネス中小企業150社を対象とした研究では、探索的イノベーションは深化的イノベーションに比べて市場と財務パフォーマンスにより強い影響を与えることが明らかになりました。

こうした研究は、競争や変化の激しい業界において、深化よりも探索を戦略の中心に据えることの合理性を示すものです。しかし、多くの中小企業はなぜか深化を好みます。次回、その原因を考えてみましょう。

 

Kokubun, K. (2025). Digitalization, Open Innovation, Ambidexterity, and Green Innovation in Small and Medium-Sized Enterprises: A Narrative Review and New Perspectives. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202504.0009.v1

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、機械振興協会経済研究所特任フェロー、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、組織のあり方についての研究に従事している。この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第567回 アブドラ・バダウィ元首相死去

第567回 アブドラ・バダウィ元首相死去

Q: アブドラ元首相がハラル産業に対して果たした功績は?

A: マレーシアの報道によると、マレーシア第5代首相のアブドラ・アフマド・バダウィ氏は4月14日、クアラルンプールの病院で死去した。85歳であった。

アブドラ元首相は1939年バヤン・レパス生まれで、父はイスラム指導者兼政治家、祖父はマレーシアの独立は1957年8月31日に行うべきと提案した著名なイスラム法学者・天文家であった。1998年マハティール政権下で失脚したアンワル・イブラヒム氏の後任として副首相に任命されたのち、2003年から2009年まで5代目の首相を務めた。

アブドラ元首相の6年間の首相在任時の業績の一つは、イスラム・ハダーリー(文明的イスラム)という概念の提唱とこれに基づく社会経済の構築であった。マレー過激派と揶揄され、急進的なイスラム化政策を進めたマハティール元首相に対し、アブドラ元首相は穏健な形での推進を図った。具体的には、ハラル産業の振興を目指すハラル産業開発公社(HDC)の設立(2006年)、マレーシア国民大学でのイスラム・ハダーリー研究所の設立(2007年)などである。イスラム金融については、2006年に中央銀行主導でイスラム金融教育国際センターを設立するなど、人材育成に力を入れた。

他方、長期経済計画である第9次マレーシア計画を2006年に発表、イスカンダル・マレーシアなど五つの地域を指定して十数年にわたる地域開発を実行した。このうち、HDCが各地にハラールパークを認定し、地域振興の柱の一つにハラル産業を位置づけた。こうした取り組みが奏功し、現在マレーシアはイスラム金融を含めたハラル産業の中心となるグローバル・ハラル・ハブの地位を確立した。

アブドラ元首相の葬儀は国葬として行われ、遺体はクアラルンプールの国立モスクのマカム・パラワン(英雄廟)に埋葬された。ご冥福をお祈りいたします。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。