【従業員の勤労意欲を高めるために】第874回:高齢化社会との向き合い方(1)高齢者をお荷物に感じる意識

第874回:高齢化社会との向き合い方(1)高齢者をお荷物に感じる意識

前回は、留学の長さは仕事のパフォーマンスに影響を与えないというお話でした。留学は時間よりも中身が大切といえます。つまり、日本は様々な国の人たちとの付き合い方を学ぶ必要があります。同時に、少子高齢化の中で、日本人同士の付き合い方にも変化が生まれています。そこで、今回から、高齢者との付き合い方について書きます。

Hövermann & Messner(2023)は、World Values Surveyに収録された、日本を含む59カ国 70,456人分のデータを用いた分析により、お金持ちになることや社会的に成功することを重視する「市場化されたメンタリティ」、分かり易い言葉に直せば「ハングリー精神」を強く持つ人ほど、高齢者を社会のお荷物と感じる度合いが大きいことを示しています。これは、お金や成功に執着する人ほど、高齢者を支えるための社会的負担の増加による分け前の低下に敏感なためです。また、高齢化の速度が速い国ほど、高齢者をお荷物と感じる度合いが高いことも示されています。そのため、儒教の影響により高齢者を敬う文化を持つことで知られる東アジア諸国で、欧米諸国よりも高齢者に対する否定的な見方が強いという逆説的な結果になっています。

彼らは別の論文で、このハングリー精神が移民に対する排斥意識とも相関することを示しています(Hövermann & Messner, 2019)。従って、日本人がしばしば新興国の人々を見下すような態度を取ってしまうのは、自分たちの分け前が少なくなってしまうかも知れないという脅威の表れかも知れませんし、一部の人たちに見られるような高齢者を馬鹿にするような意識とも根っこでつながっているのかも知れません。

Hövermann, A., & Messner, S. F. (2019). Marketization and anti-immigrant attitudes in cross-national perspective. Social Science Research, 84, 102326. https://doi.org/10.1016/j.ssresearch.2019.06.017

Hövermann, A., & Messner, S. F. (2023). Explaining when older persons are perceived as a burden: A cross-national analysis of ageism. International Journal of Comparative Sociology, 64(1), 3-21. https://doi.org/10.1177/00207152221102841

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【総点検・マレーシア経済】第495回 マレーシアの第1四半期のGDP成長率(予測値)は3.9%、予想を上回る

第495回  マレーシアの第1四半期のGDP成長率(予測値)は3.9%、予想を上回る

4月19日、統計局はマレーシアの2024年第1四半期のGDP成長率の事前予測値を前年同期比3.9%と公表しました。23年の四半期別GDP成長率は第1四半期から、5.6%、2.9%、3.3%、3.0%と推移していましたので、3.9%という成長率は1年ぶりの高い数字となります。

3.9%という成長率には、見た目以上のインパクトがあります。図は2022年〜24年のマレーシアの四半期別GDPを金額で示したものです。23年第1四半期のGDPは第1四半期としては高い水準となっています。今回の3.9%成長は、この高いベースと比較しての成長率なので価値が高いと言えます。

筆者は本連載第481回で、24年通年のGDP成長率を4.5%と仮定した場合の四半期別GDPの図を示しました。その図では、24年第1四半期のGDP成長率を3.0%、その後の3四半期は4%台の成長が続くと想定していました。また、「24年の第1四半期の経済成長率が3.0%を超えるようだと通年での成長率は4%台後半、下回るようだと4%台前半になる可能性が強くなる」と述べています。この想定からすると、24年第1四半期の成長率が3.9%ならば、通年の成長率は5%を超えても不思議はないことになります。

3.9%成長の中身を詳しく見ると、サービス業が4.4%増(23年第4四半期は4.2%増)、製造業が1.9%増(同0.3%減)、鉱業が4.9%増(同3.8%増)、農業が3.8%増(同1.9%増)、建設業が9.8%増(同3.6%増)となっています。サービス業が引き続き堅調なのに加えて、製造業もマイナスからプラスに転換しました。建設業が大幅に伸びているのも目を引きます。

同日発表されたマレーシアの24年3月の輸出は前年同月比0.8%減でしたが、ようやく下げ止まりの傾向が見えはじめています。23年は内需が堅調な中で、輸出の不振がGDPを下振れさせていましたが、輸出が底打ちすれば、24年のGDPは予想よりも高くなる可能性があります。あくまでも3.9%の事前予測値が正しいことが前提ですが、筆者は24年通年でのGDP成長率が5%を超える可能性も出てきたと考えます。

熊谷 聡(くまがい さとる)
Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。
【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【イスラム金融の基礎知識】第542回:イスラム観光貿易博覧会が8月に開催、イスラム金融も参加

第542回:イスラム観光貿易博覧会が8月に開催、イスラム金融も参加

Q: イスラム観光貿易博覧会とは?

A: マレーシアの観光団体が、昨年に引き続いてイスラムに基づく観光と貿易の博覧会開催を発表した。イスラム金融も参加することでマレーシアが標榜するハラル・エコシステムを実体化する象徴的なイベントとなりそうだ。

第2回アジア・イスラム観光貿易博覧会(AITEX)の開催を発表したのは、マレーシア旅行会社協会(MATA。PWTCでMATTA Fairを開催しているマレーシア旅行業協会、MATTAとは別団体)である。世界各国が加盟するハッジやイスラム観光に関する国際機関などと共催で、セランゴール州のサンウェイ・リゾートで8月に開催するとしている。主催者によれば、この博覧会では業界関係者・企業、各国の観光局等がブース出展を行うとともに、観光業界やイスラム金融業界の会合も行なわれるとしている。

イスラムに基づく観光とは、ハッジやウムラといったメッカ巡礼、あるいはインドネシアのワリソンゴ(9名の聖者)の足跡をたどるような聖者廟参詣からなる聖地巡礼とともに、通常の観光ながら礼拝の時間と場所を確保したり、立ち寄るレストランがハラルであるなど、イスラムの教義に違反しないようアレンジされた観光を指す。

ムスリム向け観光を提供する観光業者は、イスラムの名を冠するビジネスを行う以上、従来型銀行ではなくイスラム銀行から融資を受けるべきとみなされる。その分融資の際には、ハラル産業のノウハウを蓄積しているイスラム銀行からアドバイスを受けることも可能だろう。イスラム金融は、単なる資金の出し手ではなく、知識・ノウハウやビジネスマッチングの紐帯としての役割も期待されている。イスラムの教義と信仰実践がビジネスや経済に結びつくハラル・エコシステムは、マレーシア政府が推し進めている経済のあり方だ。この考えを実践するための象徴的イベントといえるのが、この8月の博覧会だろう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【従業員の勤労意欲を高めるために】第873回:ライフスタイルとモチベーション(13)留学は無意味?

第873回:ライフスタイルとモチベーション(13)留学は無意味?

前回は、読書が、他者への共感や認知能力を高めるというお話でした。引き続き、最近駐在員の方々に対して行ったアンケート調査の結果を考察しましょう。今回は、過去の海外経験が駐在員のパフォーマンスに与える影響についてです。

調査の結果、海外経験については、仕事か、学びかで対照的な結果になりました。すなわち、過去に仕事で海外に住んだ期間の長さがパフォーマンスの一部と相関するのに対して、留学期間の長さにはそのような傾向がありませんでした。これは、一般的に、留学という行為が様々な形態を含んでいるためかも知れません。以前のシステマティックレビューは、現在駐在している国と文化的に近い国での海外経験は容易に異文化適応に活用できるが、文化的に遠い国での海外経験の活用は難しいことを主張しています(Takeuchi et al., 2012)。或いは、たとえ駐在国と文化的に近い国への留学経験であっても、外国人と触れあう機会が多くあったか、それとも、日本人ばかりと過ごしていたかでは、培われるスキルが大きく異なることを指摘する議論もあります(Takeuchi & Chen, 2013)。

そもそも、現地の人たちに面倒を見てもらうことを前提とした留学と、現地の人たちを管理して成果を生まなくてはいけない駐在とでは、発生し得る責任や軋轢の大きさが異なるので、しばしば前者の経験が活用できないのは当然といえます。一方、駐在員としての仕事の経験であれば、国や文化が異なっても、技術的な問題を解決したり、現地の人材や後任の駐在員を指導したり、本社と連絡を取ったりするなどの共通するタスクが多いことで、こうした経験をある種のパフォーマンスに対して活用し易かったと考えられます。

今回のアンケート調査の結果は、駐在員がパフォーマンスを発揮するうえで留学に意味が無いことを示しているわけではありません。むしろ、留学の内容にまで目を向けずに、「この人は留学経験があるから駐在員の仕事も務まるだろう」と安直に考える姿勢が間違っていることを示しています。一方、今回の調査結果は、駐在員としての仕事の経験がある人に駐在員を任せるのであれば、ある種のパフォーマンスを発揮してくれると期待してもおおよそ間違いが無いことを示しています(本社の人間はそのことを経験的に理解しているので、駐在国を横滑りしながらなかなか日本に帰してもらえない駐在員が少なくないのでしょう)。

Takeuchi, R., & Chen, J. (2013). The impact of international experiences for expatriates’ cross-cultural adjustment: A theoretical review and a critique. Organizational Psychology Review, 3(3), 248-290. https://doi.org/10.1177/2041386613492167 

Takeuchi, R., Tesluk, P. E., Yun, S., & Lepak, D. P. (2005). An integrative view of international experience. Academy of management Journal, 48(1), 85-100. https://doi.org/10.5465/amj.2005.15993143 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【人生の知恵・仕事の知恵】 Give a thought on reason by action

Give a thought on reason by action

★英語が苦手な理由

先日、日本の高校で英語を教えているカナダ人男性に生徒の英語力を尋ねたところ、

苦笑いして、”Just so, so”と話していました。

それを受けて、日本人の英語が苦手な理由として、以下のふたつを挙げました。

  • 英語の教科書が、現実的な会話に則していない。
  • 英語以外の日頃の授業でも、理由や根拠を考える風に教えられていない。

彼は、筆者の説明を受けて、「そういえば、畳のヘリを踏んではいけないというのでは、なんで?と尋ねたら、わからないと回答されたよ」と笑いながら話していました。

★ 根拠を知って動く外国人、動きながら考える日本人

  大正時代に日本で弓道を学んだドイツ人 オイゲン・ヘリゲルは次のように記しています。

  『日本人は、自分の語る事をヨーロッパではすべて言葉を手がかりに理解するほか

   道がないのだということに気がつかない。ところが日本人にとっては、言葉はただ

   意味に至る道を示すだけで、意味そのものは、いわば行間にひそんでいて、一度で

   はっきり理解されるようには決して語られもせず、結局はただ経験したことのある人間

   によって経験されうるだけである』

                              (『日本の弓術』より)

先述した事例を、わからないと回答した日本人の言外の意味は、「畳のへりを踏んでは

いけないということを説明できるほど経験を積んでいない」と言いたいのだと解釈できない

こともありません。

★根拠から発する

  一方で、日本人は根拠の説明をできるほど、それについて思いを馳せていないため、

  説明ができないのも現実です。

  マレーシアでも、現地社員に報連相や5S改善の大切さを説明できないのは、

日本で、いかに根拠や理由の共有がされないまま、会社で決まったことだからとか、

上司に言われたからで取り組んでいるかという証左だともいえます。

まずは、日本人自身が、日本人らしく経験を積み、根拠や理由に思いをはせることが

肝要です。

湯浅 忠雄(ゆあさ ただお) アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。 【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

 

【総点検・マレーシア経済】第494回 2月の製造業生産指数、底打ちの兆し


第494回 2月の製造業生産指数、底打ちの兆し

4月8日、マレーシア統計局は2月の製造業生産指数を前年同月比1.7%増と発表しました。これで、1月の3.4%増に続いて、2ヶ月連続で前年同月を上回りました。先月より上げ幅が縮小していることから、景気の先行きは予断を許さないように見えますが、旧正月の時期のズレを考慮すると、数字よりも状況は良いことが分かります。

2024年の旧正月は2月10日、対して2023年の旧正月は1月22日でした。例年、旧正月の期間には製造業の生産は低下します。したがって、1月は2024年のほうが高い数値が出る傾向があり、2月は2023年のほうが高い数値が出る傾向にあることが分かります。

図1は2022年〜24年の内需向け製造業の生産指数の推移を見たものです。2024年1月は前年同月比8.0%増でしたが、2月は3.8%増にとどまっています。ただし、上記の傾向を踏まえると、2月の数字は実態より下振れしていると考えられ、内需向け製造業は引き続き好調であると言えます。

図2は2022年〜24年の輸出向け製造業の生産指数の推移を見たものです。2024年1月の1.6%増から2月は0.1%減となりました。ただ、これも2月の数字は本来はより高いはずで、旧正月期間にもかかわらず0.1%減にとどまったのは実質的にはプラス相当と評価できます。

図3は2022年〜24年の電子・電機産業の生産指数の推移を見たものです。2024年1月は0.9%増、2月は0.3%増となりました。これも、旧正月の時期を考慮すると、1月よりも2月のほうが状況が改善している可能性があり、電子・電機産業についても底打ちの傾向が見え始めたと言えます。

このところ、マレーシアの景気は内需が牽引し、輸出関連産業が弱い状況が続いていましたが、底打ちの兆しが見えてきました。4月19日に発表される3月の貿易統計が注目されます。

熊谷 聡(くまがい さとる)
Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。
【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp

【人生の知恵・仕事の知恵】Assigning task based on what he/she can do

Assigning task based on what he/she can do

★適材適所

先日、あるクライアントで部門責任者の交代がありました。明らかに適性を欠くと思われたので、本人に自覚を確認したところ、大丈夫ということでした。

しかし、上司の次の一言が引っかかり、再考するようにお願いしました。

「彼も、その立場になれば、役割を果たせるだろう。あとは部下たちが支えればいい」

★ミス配置は、最大のリスク

いうまでもなく、役職についてからパフォーマンスを期待するのではなく、そのパフォーマンスが期待できるから登用するのです。

しかし、例えば、人材がいないとか、急を要する時に、「あとは部下が支えれば良い」という部下に過度な負担を強いる人事をすれば、悪しき前例を作るだけではなく、能力不足の上司が基準となってしまいます。

★バーをあげる

人材を登用するとき、適任者がいないという状態を避けるためには、常日頃から、オール3のパフォーマンスを求めるのではなく、本人が少し背伸びをしないと届かないような仕事をやってもらう、あるいは挑戦するように仕向けることが肝要です。

普段から指示待ちの仕事しかしていない社員に、イニシアチブを取らないといけない仕事や、全体を見渡すような役割を求めることは、いくら本人ができると言ってもやらせるべきではありません(その組織が、そういう人を求めているなら別ですが。。。)

日頃から次の登用を考えた人材の育成が求められます。

【湯浅忠雄氏による社員研修がKLで開催!】
2024年4月22日(月)「報連相とPDCA」
2024年4月23日(火)「問題発見と解決の技法」
2024年4月24日(水)「中間管理者の使命と役割」
2024年4月25日(木)「日本人管理者のためのマネジメント研修」
開催時間:各9:00-17:00
使用言語:英語(25日のみ日本語)
会  場:SENTRO ( KL セントラル近くMENALA ALLIANZ38F )
問合せ先:yuasatadao@gmail.com
湯浅 忠雄(ゆあさ ただお)
アジアで10年以上に亘って、日系企業で働く現地社員向けのトレーニングを行う。「報連相」「マネジメント」(特に部下の指導方法)、5S、営業というテーマを得意として、各企業の現地社員育成に貢献。シンガポールPHP研究所の支配人を10年つとめた後、人財育成カンパニー、HOWZ INTERNATIONALを立ち上げる。
【この記事の問い合わせは】yuasatadao★gmail.com(★を@に変更ください)

【従業員の勤労意欲を高めるために】第872回:ライフスタイルとモチベーション(12)読書が異文化理解を高める?

第872回:ライフスタイルとモチベーション(12)読書が異文化理解を高める?

前回は、最近駐在員の方々に対して行ったアンケート調査の結果から、睡眠と食事が、文化的知性や心の知性を高めるうえで効果があることを紹介しました。今回も、このアンケート調査の結果の一部を紹介します。

8か国184人の日本人駐在員が参加したアンケート調査から得られたデータを分析したところ、睡眠や食事と同様に、趣味や学習を行う習慣が、文化的知性と相関することが示されました。この趣味・学習については、その実践により、幸福感の向上や健康の維持などの多面的な効果が期待できることが最近のシステマティックレビューで確認されています(Fancourt et al., 2021)。中には、読書が、他者への共感や認知能力を高めることを示す研究もあります。Kidd & Castano(2013)が行った、18歳から75歳までが参加した5つの介入研究では、小説などのフィクションを読むと、ノンフィクションや、大衆小説、或いは、まったく読まない群と比較して、感情的・認知的テストの成績が向上することが示されました。テストには、例えば、参加者に人の目の白黒写真を見せて、その人の感情を読み取るように求めるものがあります。この研究の結果は、非現実的な要素を含む文学や芸術に触れることで、他人の感情や信念を理解する能力が向上する可能性を示唆しています。

慣習によってステレオタイプ化された我々の社会的経験とは異なり、フィクションの多くは私たちの期待を混乱させます。そのため、読者は、登場人物の感情や考えを推測するために、より柔軟な解釈を行う必要があります。こうした負荷が、感情的・認知的効果の原因の一部にあると論文の著者らは考察しています。従って、こうした趣味を持つ駐在員が、現地の人々の顔の表情などから感情を読み取ることに長けていて、そのことで、異文化に対する学習意欲や知識が高まり易い状態にあったとしても不思議ではありません。皆さんも、何か趣味を持つようにすることで、従業員の気持ちが理解し易くなり、現地での経営もより行い易くなるかも知れません。


Fancourt, D., Aughterson, H., Finn, S., Walker, E., & Steptoe, A. (2021). How leisure activities affect health: a narrative review and multi-level theoretical framework of mechanisms of action. The Lancet Psychiatry, 8(4), 329-339. https://doi.org/10.1016/S2215-0366(20)30384-9
Kidd, D. C., & Castano, E. (2013). Reading literary fiction improves theory of mind. Science, 342(6156), 377-380.https://www.science.org/doi/10.1126/science.1239918 

國分圭介(こくぶん・けいすけ)
京都大学経営管理大学院特定准教授、東北大学客員准教授、国際経済労働研究所理事、東京大学博士(農学)、専門社会調査士。アジアで10年以上に亘って日系企業で働く現地従業員向けの意識調査を行った経験を活かし、産業創出学の構築に向けた研究に従事している。
この記事のお問い合わせは、kokubun.keisuke.6x★kyoto-u.jp(★を@に変更ください)

【イスラム金融の基礎知識】第541回:ウガンダ、初のイスラム銀行が開業

第541回:ウガンダ、初のイスラム銀行が開業

Q: ウガンダで初のイスラム銀行が誕生しましたが、経緯は?

A: ウガンダで同国初のイスラム銀行が創業、3月27日に大統領や隣国の外相を迎えてオープニング・セレモニーが華々しく実施された。この国にとって20年越しの目標達成ということになる。

ウガンダは人口4700万人ほどの東アフリカの国で、ムスリム人口比率は13.7%と少数派ながら、イスラム協力機構(OIC)の加盟国である。他方、経済面では1人当たりのGDPが2,200米ドル程度、銀行口座保有率が66%となっており、開発途上国であると言える。

イスラム金融をめぐっては、2002年にマレーシアで発足したイスラム金融機関の国際機関であるイスラム金融サービス会議(IFSB)にウガンダ中央銀行が加入するなど、かねてから関心を寄せていた。2016年から2023年にかけて具体的な法律や税制が改正され、イスラム銀行のライセンス制度が整えられた。この間、複数の事業者がイスラム銀行業に関心を示し、実際にOICから支援を受けて銀行を創業する動きがあったと大手メディアが報じたこともあった。2023年9月に初めてイスラム銀行業のライセンスを取得したのは、ジプチに本社がありケニアをはじめアフリカ諸国でイスラム銀行ビジネスを展開しているサラーム・グループである。ウガンダでもサラーム銀行という名称でビジネスを開始することになった。

式典に参加したムセベニ大統領は、イスラム銀行はすべてのウガンダ国民が宗教や民族にとらわれず平等に扱われるための手段であるとし、イスラム銀行を通じて「貧困と戦い、富を生み出すことを勧める」と語った。また現地のムスリム・コミュニティを代表してスピーチをしたイスラム法学者は、「大統領はこの国の少数派であるムスリムに配慮を示す良き指導者だ」と感謝を述べた。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【マレーシア・トレンド・ウォッチ】半導体サプライチェーンにおけるマレーシアの存在

半導体サプライチェーンにおけるマレーシアの存在

英語有力経済誌フィナンシャル・タイムズ電子版が3月11日に”Malaysia: the surprise winner from US-China chip wars”というタイトルの記事を配信しました。「米中半導体戦争での意外な勝利者はマレーシア」という趣旨です。同記事には米国への半導体輸出国について言及があり、2023年2月時点を示すグラフでマレーシアが20%を占めていることが示されました。2位は台湾15.1%、3位ベトナム11.6%、4位タイ8.7%、5位韓国7.5%であり、日本は7位で3.5%でした。中国は6位で4.6%となっていますが、今後、米中の半導体戦争が継続する限りは減っていく可能性が高そうです。

マレーシアは半導体サプライチェーンの一角を形成していましたが、今回のように米国という重要市場に対してマレーシアが1位となることは、記事タイトルのとおり「surprise」と言えそうです。もちろん、半導体関連といっても幅があります。先進国には、いわゆる「川上」にあたる半導体素材や「川中」の製造設計が集中します。半導体素材は日本や韓国が強く、設計は台湾STMCのような会社が強くなっています。マレーシアは「川下」に当たる半導体産業が殆どです。

このようにマレーシアでの半導体産業が盛り上がっている理由は、これまでに一定の理工系人材を育ててきたことや投資環境の良さ、そして、長年の半導体を含めた製造業の産業集積を経ているからです。人口が3,000万人の中規模であるため、インドネシアやベトナムといった億単位の人口のある国に比べると、目立ち難い存在と捉えられてしまいがちです。大手IT企業のマレーシアへの投資ニュースは、NDVIAを始めとして続いており、今後、半導体サプライチェーンにおけるマレーシアの役割がより高まっていきそうです。

※本連載の内容は著者の所属組織の見解を代表するものではなく、個人的な見解に基づくものです。

川端 隆史(かわばた たかし)
マレーシア研究者。1976年栃木県生まれ。東京外国語大学マレーシア専攻卒業。1999 年から2010年まで外務省に勤務し、在マレーシア日本国大使館、 国際情報統括官組織などを歴任。2010年11月から15年7月までは SMBC日興証券でASEAN担当シニアエコノミスト。2015年8月に ソーシャルメディアNewsPicksと経済・産業情報プラットフォームSPEEDAを手がけるユーザベースに転身、2016年3月から同社シンガポール拠点に駐在。2020年12月から2023年3月まで米国リスクコンサルティングファームのクロールのシンガポール支社に勤務。共著書に「マハティール政権下のマレーシア」、「東南アジアのイスラーム」、「東南アジア文化辞典」がある。この記事のお問い合わせ は、takashi.kawabata★gmail.comまで(★を@に変更ください)