【イスラム金融の基礎知識】第564回 エジプト、イスラム銀行市場が拡大

第564回 エジプト、イスラム銀行市場が拡大

Q: 2024年のエジプトのイスラム銀行市場は?

A: エジプト・イスラム金融協会が3月に発表したところによれば、2024年のイスラム銀行市場は対前年比で60%以上の成長を示した。この背景には、近年のエジプトの経済状況があるようだ。

モハメド会長によると、同国のイスラム銀行部門の預金総額は7,380億エジプト・ポンド(約2兆1,700億円)で、対前年比で65%の増加し、従来型銀行を含めた全銀行の預金残高の7.3%を占めた。同様に融資総額も8,070億エジプト・ポンド(約2兆3,800億円)で対前年比64%増加、全銀行部門の融資の6%となった。現在エジプトでは、イスラム銀行専業銀行が4行、イスラム金融商品を扱える資格をもつ従来型銀行が11行存在する。専業4行とは、ファイサル・イスラム銀行、アブダビ・イスラム銀行、アル・バラカ銀行、そしてクウェート・ファイナンス・ハウス傘下の銀行で、いずれも中東・北アフリカの大手資本である。

このように好調なイスラム銀行市場であるが、近年のエジプトは20%を超えるインフレに悩まされている。一般的に、インフレ率の高まりは貨幣価値の下落を意味するので、中央銀行はインフレを抑えるため政策金利を上げる。市中銀行も、中央銀行に合わせて預金金利と貸付金利を上昇させる。実際、エジプトの従来型銀行の金利は20%を超えている。他方イスラム銀行は、政策金利に左右されずあくまでも実物資産の売買に合わせて手数料やリターンを決定する。もっとも、銀行間で預金や融資先の獲得競争が起きて、結果的に従来型銀行の金利と同程度の数値に収斂されていく。

なお、2024年の1年間でイスラム銀行の支店数は51店舗増え、全国で311店舗となった。これはおよそ20%の増加となる。イスラム銀行市場の拡大は、金融やマクロ経済の統計上の話というだけではなく、実体経済に根付いているといえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第563回 デジタル・バンキングの普及が遅れるパキスタン

第563回デジタル・バンキングの普及が遅れるパキスタン

Q: パキスタンでデジタル・バンキングの普及が遅れている現状と課題は?

A: パキスタンのフィンテック、特にイスラム式のデジタル銀行の開発と普及が大幅に遅れており、金融業界さらにはパキスタン経済にとって大きな機会損失となっている。そのような指摘がパキスタンの英字紙でなされた。

同紙は、マレーシアのようにデジタル・バンキングが発展している国がある一方で、woefully(嘆かわしいほどに)と表現せざるをえないほどパキスタンは遅れていると指摘する。中央銀行はすでに、2023年1月に5社に対してデジタル・リテール銀行としての業務を行うライセンスを与えている。しかしながら現状では、1行がビジネスを本格的に行う許可を得たものの、デジタル・バンキングではなくネット・バンキングにとどまっている。また、別の銀行にも試験的な取り組みの許可を得たものの、他の3社については目立った動きをみせていない。

パキスタンでは、既存の実店舗と併せてスマホやパソコンでオンライン決済や送金できるネット・バンキングの仕組みを導入している銀行も多い。口座開設には、一度は実店舗に足を運ぶ必要があるため、支店が存在しない地域では利用が困難となる。これに対してデジタル・バンキングは、一切実店舗を持たず全てオンラインで完結する仕組みであるので、実店舗の有無という物理的な障壁はない。

世界銀行の2021年の調査によれば、パキスタンの15歳以上の国民の銀行口座保有率は、わずか21%にとどまっている。このことは、国民が銀行利用を通じて得られるであろう利便性を失うとともに、マクロ経済も国民を取り込む形で発展する機会も失っており、高い機会損失が生じていると新聞は指摘している。いまや銀行の実店舗よりもインターネットの方がアクセス容易な状況では、デジタル・バンキングの普及が経済発展に貢献するとしている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第562回 NGOへ資金援助を行うイスラム銀行

第562回 NGOへ資金援助を行うイスラム銀行

Q: NGOへ積極的に支援を行うイスラム銀行はありますか?

A: アメリカでNGO支援を行う団体「ファンド・フォー・NGO」が、「NGOに助成金を提供するイスラム銀行トップ10」というランキングを発表した。このランキングとその選考基準からは、イスラム銀行のCSRのあり方を読み取ることができる。

発表によれば、1位のアル・ラジヒ銀行をはじめトップ10行にはUAEの銀行が3行、カタールとUAEの銀行が2行ずつ、そしてクウェート、ブルネイ、バハレーンから1行ずつ選ばれた。10行中9行がGCC諸国に集中しており、東南アジアは1行にとどまっている。ただ、ランクインしたイスラム銀行は各国に支店網を持つ大手グループが中心であり、イスラム諸国を幅広くカバーしているとみなしている。

同団体によれば、イスラム銀行によるCSR活動の一環としてのNGO支援には複数の傾向が読み取れるとしている。一つは、イスラム銀行は所属する地域コミュニティの発展の貢献を目指しており、国境をまたいだ活動よりも銀行のある国内での取り組みに積極的な支援を行っている。もう一つは、イスラム銀行ごとに力を入れる分野に個性が存在している。例えば、若者のエンパワーメントに力を入れている銀行(ドバイ・イスラム銀行)、特定の疾病に対する健康啓発に取り組む銀行(クウェート・ファイナンス・ハウス)、子供たちの識字率向上への貢献を目指す銀行(バンク・イスラム・ブルネイ)といった具合に、特に積極的な活動分野があるイスラム銀行は、これらに該当する分野で活動を行うNGOへの助成金提供もまた、積極的に行う傾向にある。

NGOの活動支援を謳うこの団体としては、「各団体とも自身の活動内容・地域を踏まえた上で、適切なイスラム銀行が設けるNGO支援プロジェクトに応募すべきであろう」と、NGOにアドバイスを送っている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第561回 アフガニスタンとトルコ、イスラム銀行の連携強化

第561回 アフガニスタンとトルコ、イスラム銀行の連携強化

Q: アフガニスタンのイスラム銀行はトルコと連携を強める目的は?

A: 2021年にタリバンが政権を獲得して以来、いまだ混乱が続くアフガニスタンであるが、12月29日にアフガニスタン中央銀行が発表した声明によれば、トルコのイスラム銀行関係者による3日間のトレーニングが実施され、アフガニスタンのイスラム銀行の従業員が受講した。

アフガニスタン中央銀行の副総裁などが列席して華々しく開催された3日間のプログラムにおいては、イスラム銀行の原則や、ハナフィー法学派にもとづくイスラム法に準拠した金融商品のあり方について、集中的なトレーニングが行われた。プログラムは、トルコ参加銀行協会(トルコではイスラム銀行のことを参加銀行と呼ぶ)で指導経験があるインストラクターによって実施された。

アフガニスタン中央銀行幹部によれば、国内において利子の伴う取引はすでに全て停止されている一方で、イスラム金融商品・サービスの能力の強化も必要であることから、職員の能力強化のために今回のプログラムが実施されたという。この点に関して、従来からイスラム金融の強化を目指して各国や国際機関に支援を求めていた。IMFや世界銀行といった国際通貨機関と関係が悪化している現状では、イスラム諸国との連携を模索している。すでにカタールやイスラム開発銀行との関係は確固たるものであるが、今回の従業員の能力開発については、トルコのイスラム銀行の団体に協力を求めた。

昨年6月にアフガニスタン中央銀行が発表したところによれば、アフガニスタン通貨の対米ドルレートが安定してきていることから、イスラム式の預金残高は対前年比で4%拡大するなど順調に発展している。金融資産、とりわけ民間の預金は治安が回復し経済が安定して初めて拡大することが可能になる。今回のプログラムが、安定拡大に技術的に貢献することに期待がかかる。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【イスラム金融の基礎知識】第560回 クウェート・ファイナンス・ハウス、マレーシア撤退へ

第560回 クウェート・ファイナンス・ハウス、マレーシア撤退へ

Q: クウェート・ファイナンス・ハウスがマレーシア撤退の意向のようですが?

A: クウェートに本社があるイスラム銀行のクウェート・ファイナンス・ハウス(KFH)が、マレーシア市場から撤退することを2024年7月に公表した。現有資産や店舗をどのようにするのか、売却先に関して様々な憶測が報じられている。

マレーシアでは2005年に当時のイスラム銀行法を改正、外国イスラム銀行という枠組みを導入した。これを活用して、中東資本のイスラム銀行3行がマレーシアに進出したが、KFHはその一つであった。以来およそ20年間にわたりマレーシアでイスラム銀行業を営み、最盛期には主要都市やKLセントラル駅内にも支店網を拡大した。会社幹部によれば、営業成績の悪化ではなく、あくまでも本社のグローバル展開の再編にともなう動きであるとしている。実際KFHは、東南アジアでは唯一マレーシアに進出し、ここをアジア太平洋地域本部と位置づけている。

マレーシア市場撤退にあたっては、保有の金融資産だけでなく支店や従業員などを一括して引き受けてくれる売却先を、KFHは求めているとされる。ただ支店数が7店舗など比較的小規模であるため、国内大手金融機関よりもむしろ、規模を拡大したい中小金融機関か、マレーシア進出を目論む外国金融機関が関心を示すだろうとみられている、一部報道では、国内3銀行と海外2銀行が関心を示していると言われている。このうちシンガポールのある金融機関は、マレーシアに未進出であることと、イスラム金融をてがけたいという理由で、買収するのではないかとの憶測も出ている。

2005年のイスラム銀行法改正によりマレーシア進出をはたした外国イスラム銀行のうち、AFB銀行はイスラム銀行の資格取得を望んでいたMBSB銀行に買収された。KFHの撤退・買収が進めば、残るはサウジ資本のアル=ラージヒ銀行1行のみとなる。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第559回 ヨルダン政府、イスラム銀行を通じて再生エネルギー普及に注力

第559回 ヨルダン政府、イスラム銀行を通じて再生エネルギー普及に注力

Q: ヨルダン政府の再生エネルギー普及政策でイスラム銀行の役割は?

A: 住宅用ソーラーパネルと太陽熱温水器の普及に力を入れているヨルダン政府は11月、補助金を支給することを発表した。これらを購入する家庭に対して、指定の従来型銀行かイスラム銀行を通じて分割払いを行う場合、30%の補助金を支給する。年内に最大で4千台のソーラーパネルと5千台の太陽熱温水器の設置を目指しており、補助金の総額はそれぞれ850万ヨルダン・ディナール(約1,200万米ドル)と300万ヨルダン・ディナール(約400万米ドル)になるとしている。

現地の報道等によると、このプログラムに参加する銀行は、従来型銀行がカイロ・アンマン銀行、イスラム銀行がヨルダン・イスラム銀行で、補助金はエネルギー鉱物資源省の「再生可能エネルギー・エネルギー効率化基金」が拠出する。エネルギー鉱物資源省と両銀行による調印式で、サーレフ・ハラブシェ担当大臣は「ヨルダン全土に再生可能エネルギーが普及するために両銀行が貢献してくれる」と称賛した。

ヨルダンは、国土が日本の4分の1、人口は日本の10分の1ほどの小国であるが、中東にあって石油が採れない非産油国であるため、エネルギー問題が常に課題となっている国である。そのため、太陽光発電など再生可能エネルギーに早くから注目している国でもある。資料などによれば、国内発電に占める再生可能エネルギーの割合は2014年では2.9%であるが、2030年までに14%に高める目標を、政府は掲げている。この目標のために、過去9年間にわたって基金が1億ヨルダン・ディナール(約1.4億米ドル)を投じており、2017年にはシリア難民キャンプに当時としては世界最大規模の太陽光発電施設を設置した。

大臣によれば、再生可能エネルギーの利用を促進しつつ電気料金を削減することを目指しており、今回はその取り組みの一環だとしている。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第558回 フィリピンのイスラム銀行業、CIMBなどが参入検討

第558回 フィリピンのイスラム銀行業、CIMBなどが参入検討

Q: フィリピンのイスラム銀行業の現状は?

A: フィリピンでは今年、イスラム銀行業のライセンスを取得した二つの銀行が、相次いでビジネスを開始したが、これに続く動きがあることが今月になり明らかとなった。

フィリピン中央銀行は12月3日にイスラム金融に関するセミナーを開催、その中でアリファ・アラ副総裁が、二つの銀行がイスラム銀行業のライセンス取得に関心を示していることを明らかにした。正式な申請書が提出されていないため銀行名を明言することはできないとしながらも、一つは国内で業務を行う銀行で、もう一つは海外から新規に参入を検討している銀行だとしている。

副総裁の発言を受けて、マレーシア資本のCIMBバンク・フィリピンのビジェイ・マノラハンCEOがメディアのインタビューに応じ、同銀行が前者の「すでにフィリピンに進出している銀行」であることを明かした。CIMBは従来型銀行やイスラム銀行を傘下にもつ総合金融グループで、東南アジアで積極的にビジネスを展開している。フィリピン国内では、デジタル銀行として従来型銀行業務を行っている。

CEOによれば、ライセンス取得のための書類申請はまだ行っておらず、中央銀行と予備的な協議を行う一方、イスラム銀行ビジネスの可能性について現地調査を実施していることを明らかにした。CEOによれば、フィリピン進出に際しては従来型銀行業を優先している。ただ、ムスリムが多く暮らす南部のミンダナオ島地域にも利用者がいるとしている。CEOは、スマートフォンを通じてサービスにアクセスできるため、南部地域でも顧客が獲得できていることを強調した。

中央銀行側としても、バンサモロ自治地域における銀行口座保有率は8%ほどにとどまっており、この地域を含めフィリピン全体で口座保有率を70%に高めるためにも、ムスリムにとって親和性が高いイスラム銀行ビジネスの普及に期待を寄せた。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第557回 グリーンピースからみたイスラム金融

第557回 グリーンピースからみたイスラム金融

Q: グリーンピースはイスラム金融をどう評価していますか?

A: グリーンピースといえば、国際的な環境保護団体であり、特定の宗教・宗派、イデオロギーに依拠せず環境保全の活動を行うNGOとして、世界的に知られている。そのグリーンピースは、イスラム金融についてどのような考え方をもっているのだろうか。11月に更新された同団体のウェブサイトに、イスラム金融についての認識を示す興味深いエッセーが掲載された。

「イスラム金融:気候変動対策のための強力な解決策」と題するエッセーでは、まずイスラム諸国における環境問題、特に水に関する問題を指摘する。すなわち、パキスタンにおける洪水、インドネシアにおける海面上昇による沿岸部の村落水没、中東・北アフリカでの干ばつ・水不足である。また、気候変動は食の安全保障の問題を生み出し、宗教実践をゆがめている。例えばソマリアでは、食糧不足がラマダン月の断食の適切な実践を妨げているとしている。

これらの課題に取り組むことができる存在として、グリーンピースはイスラム金融を挙げた。イスラム金融には、公正さ、社会的責任、環境保護を推進するイスラムの教義があり、これに基づいて金融ビジネスを展開している。その成功例の一つが、マレーシアにおけるグリーン・スクーク・インシアティブ(環境保護に取り組む企業を優先して社債を発行する取り組み)だとしている。また、2027年には世界のイスラム金融の資産残高が6.7兆米ドルに達するため、そのうち5%でも振り向けることができれば、2030年までに4,000億米ドルを環境問題への解決に向けて費やすことができるだろうと期待を寄せている。

グリーンピースは、イスラム金融を倫理的原則と地域社会への責任に根ざしている存在だととらえた上で、その独自の活動を通じて環境問題に成果を出すことに期待しているといえよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

 

【イスラム金融の基礎知識】第556回 マレーシアの2025年国家予算

第556回 マレーシアの2025年国家予算

Q: アンワル首相兼財務相が2025年予算を発表しましたが、イスラム金融は?

A: マレーシアのアンワル首相兼財務相は10月18日、2025年の国家予算を議会に提出した。2024年比で3.3%増の4,210億リンギ(約14.7兆円)の規模となった。議会での演説では、予算の意図や使用目的・金額などを示したが、この中にはイスラム金融やハラール産業などイスラム経済に関する事柄も言及された。演説の要点をみていきたい。

まず冒頭でコーラン2章22節と、13-14世紀に活躍したスンニ派シャーフィイー学派のコーラン注釈家カーディ・バイダーウィの解釈を引用し、豊かな自然の恵みを公平・公正に管理し持続可能なエコシステムを育成するためにも、政治が重要であると説いた。

イスラムに導かれる政治と経済というアンワルらしい演説は、さらに米の調査会社ディナール・スタンダード社によるイスラム経済指標で、マレーシアが10年連続で1位になったと指摘した。ただ宗教・生命・知性・家族と子孫・財産の保護というイスラム法が目指すマカーシド・シャリーアの原則に立てば、イスラム金融にはまだ改善の余地があるとした。そこで具体的な方策として、①イスラム金融機関・個人投資家と借り手企業を取り結ぶマッチング・ファンドに1億リンギ、②低所得の零細企業家を支援するi-Tekadに2,000万リンギ、③P2Pによる資金調達を可能にするクラウド・ファンディングなどに4,000万リンギ、などに予算を割り当てることを明らかにした。

またハラール産業振興のため、ハラール認証を行うJAKIMの審査官を100名増員することや、政府系金融機関のSME銀行とマレーシア開発銀行による中小企業向け融資を6億リンギ強化することも打ち出した。イスラム金融とハラール産業というイスラムに強いマレーシア経済をさらに後押しするための予算編成と言えよう。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。

【イスラム金融の基礎知識】第555回「マレーシアのイスラム金融の父」が死去

第555回「マレーシアのイスラム金融の父」が死去

Q: アブドゥル・ハリム・イスマイル氏の業績は?

A: マレーシアの主要メディアが報じたところによると10月26日にバンク・イスラム・マレーシアの元社長(MD)のアブドゥル・ハリム・イスマイル氏が亡くなった。85歳だった。一部のメディアでは「マレーシアのイスラム金融の父・開拓者」と呼んでその業績を称え、その死を悼んである。

バンク・イスラムやゆかりの財団によると、アブドゥル・ハリム氏は1939年にケダ州で生まれた。1965年にマラヤ大学で経済学の学士号を取得、イギリスのオックスフォード大学では博士号を取得した。マレーシア国民大学(UKM)で教鞭をとった後、ブミプトラ銀行(後のCIMB銀行)チーフ・エコノミストに転身した。そして1983年、新設されたマレーシア最初のイスラム銀行であるバンク・イスラムの初代社長に就任した。イスラム銀行業の実務経験はなかったものの、彼がマラヤ大学で学んでいた時期は、タブン・ハッジの理論提唱者であるウンク・アブドゥル・アジズ氏が副学長に就く前(1968年就任)であり、在学時に彼からイスラム金融の薫陶を受けていただろうと推察される。

バンク・イスラムの社長に就任すると、同銀行を通じてイスラム銀行業だけでなく、イスラム式の保険会社や証券会社なども創業した。彼は、グループを通じてイスラム銀行産業からイスラム金融産業へと業務を拡大し、国内に根付かせることに尽力した。創業から市場開放までの10年間、バンク・イスラムが市場の先鞭をつける役割を果たし、1992年に社長職を辞した。

こうした業績が認められ、アブドゥル・ハリム氏は、マレーシアにおける金融やイスラムに関する様々な賞を受賞した。彼の死去に伴いバンク・イスラムの現CEOは「晩年まで、私たちへのアドバイスをとても熱心に語ってくれた」との思い出をメディアに語った。

福島 康博(ふくしま やすひろ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員。1973年東京都生まれ。マレーシア国際イスラーム大学大学院MBA課程イスラーム金融コース留学をへて、桜美林大学大学院国際学研究科後期博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2014年5月より現職。専門は、イスラーム金融論、マレーシア地域研究。