第516回:ペトロナスは大丈夫か
2月25日、国有石油会社ペトロナスは2024年の決算を発表しました。売上高は3200億リンギ(前年比7%減)、税引き後利益は551億リンギ(同31.7%減)となりました。2月7日にはムハンマド・タウフィクCEOが今年後半に人員整理を行うと発表、「これはペトロナスの今後数十年の生存を確保するためのもので、今やらなければ、10年後にはペトロナスは存在しなくなる」と強い危機感を表明しました。
ペトロナスの減益については原油・天然ガス価格の下落が一因とも報じられていますが、前年の2023年は繰延税金資産があったために納税額が低く抑えられていたことも影響しています。もし、今年の納税額が昨年並みであれば税引き後利益は650億リンギ程度で約20%の減益にとどまります。
筆者は現在の業績が、直ちにペトロナスの経営に影響を与えるような悪いものであるとは思いません。一方で、より長期的な懸念材料としては、ペトロナスのサラワク州での権益が揺らいでいる点です。直近では、アンワル首相がサラワク州の全額出資子会社である石油会社ペトロス(Petros)がペトロナスに代わり、同州内でのガスアグリゲーター、つまり生産者からガスを購入し、消費者に販売する役割を与えることを認めました。
サラワク州が自州内の資源について主張を一段と強めたのはナジブ政権下の2017年で、2018年の総選挙での劣勢が予想されていたナジブ首相は、連立与党内で重要なシェアを占めるサラワク州の政党からの支持を固めるため、同州が主張していた州内での資源権益について容認する立場を取りました。これと連動して、サラワク州政府はPetrosを設立、現在まで続くペトロナスとサラワク州の権益を巡る確執が生まれます。
2020年5月には、ペトロナスとサラワク州政府は2019年分の石油製品についての販売税20億リンギを支払うことで合意しました。しかし、この直後、販売税の支払いに抵抗していたペトロナスのワン・ズルキフリCEO(当時)は任期満了を待たずに辞任しました。
1974年石油開発法(PDA1974)は、ペトロナスにマレーシアの領土・領海内の従来型及び非従来型の石油及び炭化水素資源に関する全所有権及び開発・商業化等に関する排他的権利を与えています。加えて、PDA1974は、ペトロナスを石油探索・開発・生産の契約を付与できる唯一の主体と指定しています。
PDA1974による石油・ガス資源に対する独占的かつ強い権限は、ペトロナスのこれまでの商業的成功の大きな要因であり、存立基盤であったと言えます。しかし、マレー半島での政治状況が流動化することで、サバ・サラワク両州の議席の価値が高まり、ナジブ政権末期から現在まで、特にサラワク州に対して石油・ガス資源に関連する独自の権限を認める方向で事態は推移してきました。マレーシアの天然ガスの約60%を埋蔵し、LNG輸出の9割を担うサラワク州の側からすれば、そもそも州の石油・ガスに関する権限は憲法をはじめいくつかの法律で認められているということになりますが、これはマレーシアという国にとって非常にセンシティブな問題です。
連邦と州の間の石油・ガス収入の分配を巡る問題は、これまで何度も繰り返されてきましたが、連邦政府の力が州政府に対して相対的に強い間は、ペトロナスの権限は守られてきました。しかし、昨今の政治状況では、石油・ガス権益が政治的な「飴」としてなし崩し的に州政府に分配される恐れがあります。
筆者は各州の政府が自州の資源開発から正当な配当を得る権利は否定しません。しかし、資源の根源的な所有権・開発権を各州政府に認めることは、これまで国の資源を非常に良くマネージし、世界的な大企業へと成長したペトロナスの存立基盤を揺るがすことになります。ペトロナスの国際的な信用を守る上でも、ステークホルダー全員が合意するかたちで、長期的に安定した石油・ガス収入分配の仕組みを再構築する時期に来ていると思われます。
熊谷 聡(くまがい さとる) Malaysian Institute of Economic Research客員研究員/日本貿易振興機構・アジア経済研究所主任調査研究員。専門はマレーシア経済/国際経済学。 【この記事のお問い合わせは】E-mail:satoru_kumagai★ide.go.jp(★を@に変更ください) アジア経済研究所 URL: http://www.ide.go.jp |